晩夏のピアノ教室


2024年9月16日


(この記事は、2024年9月2日に配信しました第404号のメールマガジンに掲載されたものです)

今回は、晩夏のピアノ教室の様子です。

大型の台風が発生して、思った以上に進路予想が目まぐるしく変わり、また速度もかなり遅く、日々どこに向かうのか今後どうなるのか心配しながら天気予報を見ていた方も多かったのではないでしょうか。レッスンにいらしている生徒さん方とも、そのようなお話をしていたところですが、温帯低気圧に変わり、ちょっとほっとしているところです。

台風が接近している時にレッスンが予定されている場合、生徒さん方の安全を考えて終日または半日の休講にします。台風だけではなく、大きな地震や大雪などの天災全般に共通するものです。生徒さんの中には、「徒歩なので行けます!」と言われる方もおり、そのくらいピアノのレッスンに前向きという事で大変嬉しく思いますが、レッスン中に天気が大荒れになってしまい帰宅できないとか、帰宅途中で何かあっては大変です。そのため「急な休講の場合は、後日補講をしますので、どうぞご心配なさらずに。日時を改めてレッスンしましょう」とお話をしています。

今回の台風でも、レッスンに重なりそうな方が多く、予定通りにレッスンが行えるのか心配していましたが、どうにか休講せずにレッスンを行うことができました。しかし、時間帯によっては、土砂降りの中来られた生徒さんもいて、「本当にすごい雨で…」と話し始め、「ここまで来るのに本当に大変でした」と話が続くのかと思っていたら、「長靴を履いてきてしまったから、私、ちゃんとピアノのペダルが踏めるのかしら?」と、意外な話の展開になり驚きました。

最近、趣味のスポーツをしている最中に足を痛めてしまったそうで、救急車で病院に運ばれてしまうという出来事があり、ピアノのレッスンをお休みされていました。ピアノ教室も夏休みがあり、お休みが続いていましたので、「やっと今日はピアノのレッスンに行ける!と楽しみにしていたんです」ともお話をされました。「長靴ですと、確かに足が動かしにくいですが、このお天気ですと仕方がないですしね。無理なくペダルを使ってみてください」とお伝えしてレッスンをしました。

そして、レッスンが終わるところで、「前に、先生の演奏を録音させていただいたでしょ?あれを何回も聴いているんですけれど、どうも私の弾いている曲と同じように聴こえなくて、全然違う曲に聴こえるんです。こうやって、よ~く何回も聴いているんですけれど…」とお話をされました。「なるほど、同じ楽譜を見て同じピアノで弾いているので、同じ曲なんですがね」とニコっとしながらお返事をしますと、「そうですよね~」と笑っていました。

「まあ、いろいろと理由があるとは思いますが、例えばこの箇所を普通に弾きますと・・・・。(演奏後に)こうですよね。〇〇さんもそのように弾いていらっしゃいますが、それを、私が録音した時には、メロディーはこの箇所なので、そこを少し強く目立つように、(メロディーだけを弾いて)このように弾いていて、他の箇所は伴奏なので、(演奏しながら)このように少し弱く弾いていたんです。それを合体して弾くと…(演奏後に)こうなるわけです」と演奏を交えながら解説をしました。

生徒さんは食い入るように熱心に聴いていて、「あ~」とか「そうそう」とか、いろいろな反応をされていました。「楽譜には、この音はメロディーだからちょっと強めに弾くとか、これはそこまで重要な音ではないので、弱めにとか一切指示が書かれていないので、演奏する方がいろいろと見抜かないといけないんですよね。いろいろな音をよく整理して弾くと、演奏がすっきりとまとまりますし、またこのピアノという楽器は、一度にいろいろな強さで音が出せます。ピアノの誕生以前の楽器では、できなかったので画期的な楽器と言えるかもしれませんね」とも説明をしました。

生徒さんは、「なるほど~」と何回もうなずきながらおっしゃっていました。「なので、またご自宅などで録音を聴くときに、そのような個々の音の強さを変えながら弾いているという視点で聴いてみると、またちょっと聴こえ方が違ってくるかもしれませんね」とお話をしますと、「そうですね。早速自宅でまた聴いてみます」とおっしゃっていました。

ピアニストなどのプロの演奏は、すごいとか上手という事はどなたもお分かりになるのですが、では何がすごいのか、どのような工夫をしているのか、どの部分が自分の演奏と異なるのかというところは、わからないこともあります。レッスンで、具体的に演奏をしながら細かく説明をすることで、生徒さん方に理解していただけたり、納得していただけたり、ご自分の演奏にも取り入れてみようと思っていただけたり、また鑑賞するときの楽しみ方の広がりを感じていただけたら嬉しい限りですし、生徒さん方も、ピアノのレッスンに来てよかったと思って下さるのかなあとも思っています。

この生徒さんが、演奏や音楽の鑑賞の仕方が、どのように変化するのか楽しみです。

お子様の生徒さん方は、夏休みをそれぞれ楽しまれているようで、ちょっとうらやましいなあと思ってしまいます。使用している楽譜の最後の曲に取り掛かっている生徒さんは、「今日ね、ピアノが終わったら楽しみなことがあるの」と話していました。「え~、何、なに?」と聞きますと、「今日は、夜更かしして韓流ドラマを見るの!」とニコニコしながら話していて、夜更かしが楽しみというのも、かわいらしいなあと思って聞いていました。

また、別の生徒さんは、もうすぐ学校が始まるねと話しますと、「え~、やだ~。ずっと夏休みがいい」と、これもまたよくある小学生の感想で、こちらもまた気持ちがわかるなあと思いながら聞いていました。

既に、一足早く2学期が始まっている生徒さんは、「今日は始業式の日なのに、授業もあるし給食もあって疲れた」と既にお疲れモードだったり、その他にも、「夏休みは、いろいろな習い事の大会とか合宿とかがあって、すっごい忙しい」と話している生徒さんもいて、「学校が始まった方が、かえって楽かもしれないわね」と話しますと、「ああ、そうかもっ!」と妙に納得していて、むしろ私の方が驚くという事もありました。

大人の生徒さんの中には、1000人以上の収容客席を持つ大ホールで、スタインウェイとベーゼンドルファーのピアノの弾き比べができるという企画に参加された方がいます。難曲や大曲も「譜読みは難しいけれど、楽しいです」とおしゃり、弾きこなす生徒さんなのですが、発表会の参加をお勧めしますと、「小さい頃に発表会とかは出たので、もう人前で弾くのはいいです」と、ご丁寧な口調で毎回お断りされてしまうのです。レッスン室のピアノもグランドピアノとしては小さめですし、レッスン室も狭いですから音の響きもあまりない環境でしか弾いていないので、日頃からもったいないなあと思っていました。

偶然にも、先程の弾き比べの企画を知り、早速この生徒さんにお知らせしたところ、参加されることになりました。非公開のため、後日お話を聞きますと、「今弾いているラフマニノフは、スタインウェイで弾いた方がとても合うなあという感じで、ベートーヴェンの月光は、ベーゼンドルファーで弾いた方が落ち着いた感じが合っていて…、そうそう坂本龍一の曲は、スタインウェイの方がよかったです!」と、饒舌に話をされていました。

「同じ曲を、2台のピアノで弾き比べをして、こんなにもピアノによって違うんだと思って、とっても面白かったです!」と、相当楽しかった様子が伝わってきて、私もとても嬉しくなりました。「そうなんですよね。ご自分で、同じ曲を、一度に異なるメーカーのピアノで、今回のように楽器のサイズも近いもので弾き比べると、一番違いがわかるんですよね。以前にも、ピアノの弾き比べ体験はされていますが、今回は大ホールでの弾き比べですから、音もよく響きますし、なかなか贅沢な企画でよかったですね」とお返事をしました。

生徒さん方の充実ぶりを見ると、私も大いに刺激を受け、頑張ろうというエネルギーもいただいている気がします。今年も残り4カ月ですので、大いに張り切ってレッスンを進めていこうと思います。

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(この記事は、2024年8月5日に配信しました第403号のメールマガジンに掲載されたものです)

今回は、「パリだからこそ生まれた名曲」のお話です。

先日から、パリでオリンピックが開催されていますね。日本選手の活躍が連日報道されています。スポーツは全般的に10代から20代くらいの若手が有利な印象を受けますが、先日の馬術では、40代の選手たちが総合馬術団体で銅メダルを獲得して話題になりました。92年ぶりにメダルを獲得したそうで、まさに快挙なのではないでしょうか。

日本代表の選手たちに、「侍ジャパン」や「なでしこジャパン」などと愛称が付けられますが、馬術は40代という年齢が注目されたためか「初老ジャパン」という愛称が付けられています。「なんだか…」という気もしましたが、中高年の新たな希望の星になるのかもしれません。

開催中のオリンピックにちなんでという事だと思いますが、テレビ番組「題名のない音楽会」ではパリを特集していて、「パリだからこそ生まれた名曲の音楽会」というタイトルが付けられていました。芸術の都とも呼ばれるパリには、昔から芸術家たちが集まってきており、数々の名曲も誕生しています。「なぜ、その名曲がパリで生まれたのか?」を、指揮者の出口大地さんが解説しながら、番組は進行しました。ちなみに、出口さんは、2021年にハチャトゥリアン国際コンクールの指揮部門で日本人初の優勝をされ、日本のオーケストラからのオファーが殺到している注目の指揮者です。

「パリといえば芸術の都と呼ばれていますが、クラシック音楽にとっても重要な街なのですか?」という司会者の問いかけから、番組はスタートしました。

パリだからこそ生まれた名曲、第1曲目は、ロッシーニ作曲のオペラ「ウィリアム・テル序曲」が紹介されました。

オペラ界の巨匠がパリで大ヒットさせた名曲ですが、パリでなければならなかった理由を司会者が聞きますと、出口さんは、「パリ・オペラ座の依頼が無茶ぶりだったからです」と答えていて、「ほほ~っ」と司会者も驚いている様子でした。パリ・オペラ座からの依頼には多くの条件が付けられており、歴史的な興味を引き付ける内容であることや、バレエや大合唱など多彩なスペクタクル要素があることなどが要求されたそうです。当時オペラの上映時間は、3時間程度が相場だった中、この「ウィリアム・テル」はなんと5時間もかかる超大作でした。この様な形態のオペラは、グランドオペラと呼ばれ、当時のパリを象徴する華やかな芸術だったのだそうです。

番組では、出口さんの指揮で「ウィリアム・テル序曲」が演奏されました。テレビ画面のテロップには、「華やかなファンファーレ!パリジャンの好みにドストライクです!」「遠くから行進してくる騎馬隊。特徴的なリズムは馬の足音です!」など、音楽の場面に応じて解説が流れていました。華やかという言葉がぴったりな音楽で、この1曲でその場がとても盛り上がる作品でした。舞台の端で聴いていた司会者も、満面の笑顔で拍手を送っていました。「グランドオペラの序曲というだけあって、華やか!」と感想を話しますと、出口さんも「派手という感じですね」と答えていました。

パリだからこそ生まれた名曲、第2曲目では、ストラヴィンスキー作曲のバレエ「火の鳥」より「魔王カスチェイの凶悪な踊り」が紹介されました。どんどん新しい音楽表現に挑戦していったところが、パリらしさを表しているのだそうです。

当時、世界中から芸術家が集まり、切磋琢磨して新しい文化が作られていきましたが、その中でも特出していたのがロシアの総合芸術プロデューサーのセルゲイ・ディアギレフでした。パリでロシアのバレエ団「バレエ・リュス」を旗揚げし、芸術家たちに音楽や舞台美術、衣装などを依頼して最先端の芸術を取り込んでいました。マティスやピカソなど、有名な芸術家もかかわっていたそうです。そのディアギレフが、駆け出しの作曲家だったストラヴィンスキーに作曲を依頼して生み出された音楽が、この曲です。

出口さんは、新しい音楽表現の具体例として、最初にティンパニの演奏方法を挙げました。ティンパニは、通常、先端をフェルトに包まれたバチで叩いて演奏しますが、木のバチで叩くように楽譜上に指示がされているのだそうです。とても斬新ですね。番組では、フェルトのバチを使用した時の音と、木のバチを使用した時の音を比較していました。フェルトのバチは、音が柔らかく角のない丸い感じの音になり、木のバチは、はっきりとしたインパクトのある音になっていました。出口さん曰く、「木のバチを使用した音は、原始的で野蛮な響きがしますよね」と解説をされていました。

続けて、トロンボーンを挙げました。「火の鳥」の中では、滑らかにスライドさせて音を出すグリッサンド奏法が使われています。当時は、とても珍しい演奏方法で、凶悪な踊りの中で、グロテスクな雰囲気を表現しています。番組で演奏されましたが、「ティンパニの画期的な響きに乗って、魔王と手下の凶悪なテーマが管楽器に現れます」「曲の始まりから、かつてないほど鮮やかで緊張感あふれる音楽!さすが当時の最先端!」というテロップも流れていました。指揮者自らの解説を、演奏を聴きながら見ることができるのはテレビ番組ならではで良いと思いました。演奏後に、「激しかったけれど、凶悪でしたよね~」と司会者と出口さんが感想を話していましたが、とても斬新な音楽という事がよく伝わってきました。

パリだからこそ生まれた名曲、第3曲目では、ガーシュイン作曲の「パリのアメリカ人」が紹介されました。「ラプソディー・イン・ブルー」という作品で有名なガーシュインですが、音楽を学ぶためにパリを訪れた時に、パリの街に魅了されて、この曲を作りました。ガーシュインが、パリで実際に耳にした音をそのまま曲に使っているところが、パリでなければならなかった理由なのだそうです。

当時パリで流行した歌「ラ・ソレーラ」のメロディーがそのまま使用され、パリの街を走っていた車のクラクションのような音も使用したり、パリで作成して特許を取ったサクソフォンも使用しました。そのため、1920年代のアメリカ人から観たパリの街を表現した曲という事なのだそうです。

オーケストラの演奏と同時にテロップでは、「小洒落たパリの街を散歩しているガーシュイン。どこからか「ラ・ソレーラ」の鼻歌が聞こえてきます」「タクシーにクラクションを鳴らされるガーシュイン!」「パリの街のあまりの喧騒に、路地裏に逃げ込んでいきます」「トランペットのソロによる哀愁漂うブルースのメロディー。故郷のアメリカを思い出しています」などの解説が流れ、その光景が本当に見えるかのごとく音楽が作られていることがよくわかり、とても楽しく感じました。

ホールに足を運んで、生演奏ならではの迫力や雰囲気を楽しむことが音楽の醍醐味だと思いますが、テレビ番組では音楽を聴きながら同時に演奏の解説を見ることができたり、演奏者のアップが見れたりと別の楽しみ方もあります。初めて聴く音楽だったり、お子様などは、このような音楽の聴き方の方が、わかりやすくて興味が持ちやすいのかもしれません。

パリのオリンピックも開催中ですし、次回の「題名のない音楽会」でも引き続きパリを特集するそうですので、まだまだパリとの関わりは続くようですね。

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(この記事は、2024年7月22日に配信しました第402号のメールマガジンに掲載されたものです)

今回は、「ミュージック・ヒストリオグラフィー」という本のお話です。

各地で梅雨も明け始め、本格的な夏になりました。パリ・オリンピックの開会も、刻々と近づいていますね。

スポーツの世界ではオリンピック、物理や化学、医学などではノーベル賞、音楽や美術などではコンクールと優れた個人や作品を表彰する制度があります。文学の世界では、先程のノーベル賞のほか、日本国内では芥川賞や直木賞、もっと一般的なものでは本屋大賞などもあります。

昨年、書籍の中でもクラシックやポップスなど、世界の様々な音楽をテーマにした書籍を表彰する「音楽本大賞」というものが創設されました。そして、先日第2回の受賞作が発表されましたが、大賞に選ばれたのが、「ミュージック・ヒストリオグラフィー」です。

音楽史をテーマに、学校の理科室に科学者の肖像画はほとんどないのに、なぜ音楽室にベートーヴェンなどの肖像画が掲げられているのかなど、身近な疑問を取り上げたり、歴史上の人物が西洋の白人男性に偏重している点に着目して、ジェンダーや人種の問題にも迫り、音楽の新たな可能性を切り開いた点が評価されたそうです。

本の帯には、「音楽史学で読み解く、まったく新しい音楽史の世界!」「なぜ、音楽史はこんなに珍妙でケッタイなものになっているのか?」「音楽史は演奏の役に立つのか?」など、気になる文言ばかりでしたので早速読んでみました。

3部構成になっていて、パート1では、これまでの音楽史が持っていた問題点。パート2では、音楽史の書き方から問題が起きた背景。パート3では、音楽史の将来について書かれています。それぞれの項目を見てみると、「ちっともロマンティックではないロマン派」「ヒットチャートを駆け抜けたお坊さんのお経」「嘘とジョークの音楽史」など、気になるものばかりでした。

その中でも最初に書かれている、「なぜ、音楽室には作曲家の肖像画あるの?」は、当たり前で疑問にすら感じていなかったことを、まずは再認識しました。言われてみますと、先程も書きましたが、理科室に科学者の肖像画がないどころか、同じ芸術である美術室にもレオナルド・ダ・ビンチやゴッホ、ルノアール、葛飾北斎などの肖像画は一枚もありません。かなり特殊なことだったのですね。

学校の音楽室に作曲家の肖像画がある理由は、楽器販売会社が、学校へ楽器を販売するときのおまけとして作曲家の肖像画を集めたものをカレンダーとして配布したことがきっかけだそうです。しかし、そもそも作曲家の肖像画がたくさん描かれた理由は、歴史的にみると画家などの肖像画にはなかった役割があったそうです。

人に好きな楽曲を説明する場合、その音楽がどのような音色だったのか、どのような作曲技法によって書かれたのかなど、音楽そのものを言葉で説明することは、かなり難しいものです。そのため、「まあ一度聴いてみて」と音源そのものを紹介して終わることが多いように思います。

画家の作品のように、見ることもできませんし(音楽の訓練を積むと、楽譜を見ると頭の中で音が鳴るので理解できますが)、文学作品のように読むこともできません。そのため、作曲家の人となりについて書き、その人物のイメージをつかむために肖像画を描いて、音楽の代わりに語っていたのだそうです。そう言われてみますと、描かれている作曲家のほとんどは、きりっとした少し凛々しい雰囲気を醸し出しつつ、J.S.バッハは、少し厳しそうな肖像画なので、「きっちりした音楽なのかな」とか、モーツァルトは、宮廷の貴族のような服装をしていて明るい表情の肖像画なので、「上品で華やかな明るい音楽なのかな」とか、ベートーヴェンは、髪の毛がぐしゃぐしゃで怖い顔つきをしている肖像画なので、「激しい音楽なのかな」と何となく感じていたものです。

音楽家の初めての肖像画は、吟遊詩人という現在のシンガー・ソング・ライターがモデルだったそうです。フィドルという弦楽器を持つ人物画で、当時の絵画スタイルなので仕方がないのかもしれませんが、かなり変形して描かれているそうです。その後、いろいろな音楽家の肖像画が描かれてきましたが、信憑性が疑わしいものもかなりあるそうです。この本の中には、肖像画の図が掲載されていて、「確実に〇〇(作曲家の名前)」「たぶん〇〇」「確実に〇〇ではない」と具体的に書かれています。どれも似通っていますが、別人もいて驚きました。

他にも、音楽室の一番最初に飾られていたであろうヴィヴァルディの肖像画についても書かれていました。ヴィヴァルディは「四季」で有名な作曲家ですが、見慣れている肖像画は本人なのか、かなり眉唾ものなのだそうです。当時、「四季」を出版したときに、銅版画家によりヴィヴァルディ像が挿絵として使われたそうです。その服装が、音楽室に飾られていた肖像画と大変似ていたということで、おそらくヴィヴァルディだと推測されたそうなのです。服装がかなり似ていただけで、ヴィヴァルディ本人と言ってしまっていたとは驚きですね。

また、このヴィヴァルディを描いた銅版画を鏡写しに反転したものが、中世の別の作曲家マショーの肖像画だとして、一時期英語版のウィキペディアに掲載されてしまっていたそうです。ヴィヴァルディもマショーも、この事実を知ったらびっくりするに違いありません。

ちなみに、18世紀後期以降は、特定の音楽家をモデルに肖像画を描いたことが明確にされているので信憑性が上がるそうです。それまでの時代の作曲家は、文化人として尊敬されず、ブラック企業のサラリーマンのような立場でしたが、17世紀以降は作曲家のステータスが上がり、18世紀には文化人として社会に認知されるまでになっていったそうです。例えば、イギリスでは劇場のホワイエ(人々が団らんする場所)に、「イングランドが生んだ天才たち」と銘打って、シェークスピアなどと共に音楽家のパーセルの肖像画が飾られていたそうです。シェークスピアと肩を並べるまでになったとは、音楽家の地位も以前とは比べ物にならないほど向上したのですね。そして、19世紀になり、より社会的に認知されるようになりますと、音楽家の肖像画もますます重要になっていったのだそうです。

肖像画の重要性が強いのは、近年のポピュラー音楽のように、音楽だけではなくアーティストが前面に出て、ルックスなども全て込みで売るという事とは、かなり違うようです。肖像画は、たいてい若い頃の姿ではなく中高年の姿なので、ルックスも使って音楽を売るのではなく、ステータスや権威を強調して、いかに立派な音楽家であったのかを手っ取り早く表現し、楽曲の素晴らしさを伝えようとするものだったと書かれています。学校の音楽室で当たり前のように飾れていた肖像画ですが、音楽家の肖像画にこの様な歴史的な背景があったとは思いもよらず、とても驚きました。

ちなみに、この本はそれぞれの単元が長くなく、エッセイのようなとても読みやすい文章で書かれていますので、スルスルと読めてしまうことも特徴の一つかなと思います。また巻末には、世界史と音楽史、日本史の年表が一つにまとめられているので、例えばパレストリーナが最初のミサ曲を出版した年の4年後に、イングランドではエリザベス1世が即位して、日本では5年前にザビエルがキリスト教を伝えていたという事がわかるようになっています。

本格的な夏到来で猛暑どころが酷暑となっていますので、休日にエアコンの効いた涼しい室内で、この本を読んでみるのも良いかもしれません。

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