(この記事は、第276号のメールマガジンに掲載されたものです)

今回は、お子様のピアノ発表会のお話です。

先日、お子様の発表会を行いました。昨年も一緒に行った先生と、他の3人の先生との合同開催です。

合同開催ですと、準備や調整のための打ち合わせが必要になりますが、今では、LINEやメールが使えますので、直接会ったり電話していた昔に比べて、大変スムーズに行えるようになりました。

発表会当日は、いつ雨が降ってもおかしくない曇り空でしたが、出演されるお子様が、元気いっぱいに続々と会場に到着し、そして、週末の午後という時間帯も影響してか、開場と共に満席に近い状態になりました。

講師は30分前に集まり、役割分担や出演する生徒さんの導線、タイムスケジュールなどの最終確認を行いました。その後、初めて参加される生徒さんを探して、舞台袖への入り口を案内したり、開演前は、プログラム3番までの生徒さんが舞台袖の待機場所に集まっていることの確認も行います。

そして、あっという間に開演時間になりました。

プログラム1番の生徒さんは、私がレッスンを担当させていただいている幼稚園生の生徒さんで、今回初めての参加になります。2人のお姉様と一緒に、3人6手の演奏と、その後、ソロの演奏も行います。

毎週レッスンの度に、「最初に弾く曲は、お姉さん達と一緒に弾くけど、弾く前のお辞儀はどうするの? お姉さん達と一緒にお辞儀する?」と聞くと、「一人でやるっ!」と張り切っていました。お辞儀をする位置にテープが張ってあることもお話して、実際に動作も練習しました。

さて、本番ですが、アナウンスが終わり、予定通りに舞台には登場したのですが、お客さんの多さに驚いてしまったのか、ドレスの裾を握ったまま立ち尽くしてしまいました。

舞台袖では、2人のお姉様が、「あっち、あっち」とお辞儀をするテープの方を指さして合図をして、舞台の反対側では、私が手招きをしながら「〇〇ちゃん、こっち、こっち」と小声で声をかけていました。

3人がかりで呼び掛けて、なんとかお辞儀をする場所までたどり着いたのですが、今度は何をするのか忘れてしまったようで、「お辞儀、お辞儀っ!」とジェスチャーを交えながら小声で、何回も呼び掛けて、なんとかお辞儀をすることができました。

その後は、お姉様方も登場して、3人6手の演奏を始めましたが、先程までの様子とは打って変わって、堂々と演奏していて、ソロの曲も含めて普段のレッスン以上に上手に弾くことができました。

その後の生徒さん方も、練習の成果を存分に発揮できているような演奏で、進行もスムーズに行えました。

プログラムの最後には講師演奏があり、今回もピアノ連弾を行いました。

一緒に演奏した先生は、今回初めて発表会をご一緒した方で、しかも、発表会で組むことが決まる前は、面識もありませんでした。

幸い、普段のレッスン場所が比較的近かったので、レッスンの空き時間などに、お互いのレッスン会場に足を運んで練習をしてきました。

曲目は、私が以前から弾いてみたかった曲を選んだのですが、その先生は以前何回か弾いたことがあるそうで、お互いの手がぶつかりそうな個所や、弾きやすい指番号など、実践的なアドバイスもいただきました。

本番では、もちろん多少緊張はしましたが、とても楽しく演奏することができました。

その後は、舞台で集合写真を撮り、受付で記念品を選んでもらい、解散となりました。

予定より早く終了したこともあり、慌てて会場を出る必要がなく、生徒さんやご家族の感想を聞いたり、普段なかなかお会いする機会が無いお父様方にも、ご挨拶する時間がありました。

他の先生方とも、有意義なひと時を持てたと思います。生徒さんの演奏を聴いてみますと、普段どのようなレッスンをしているのか見えてくるもので、なるほどと思ったり、勉強になることも多くありました。

お子様の発表会は終わりましたが、夏休み後には、大人の生徒さんの発表会があり、グレード試験にチャレンジする生徒さんもいらっしゃいますので、まだまだ本番が控えています。

すべての生徒さんが、笑顔で今年の発表会や試験を終えることができるように、よりよいレッスンを目指して頑張ろうと思います。

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(この記事は、第275号のメールマガジンに掲載されたものです)

今回は、お子様の発表会直前の様子と、先日行われた大人の方のコンサートグレードのお話です。

毎年開催されるお子様の発表会まで、あと1週間となりました。レッスンでは、発表会本番を想定したレッスンを行っています。

お名前や曲目などのアナウンスの後に、舞台の中央あたりまで歩いていき、お辞儀をして椅子に座り、演奏して、お辞儀をして戻ってくるという動作を何回も行っています。

これまでに、何回も発表会に参加されているお子様の場合は、「前回と同じね」くらいの話で済むのですが、初めてまたは2回目くらいの場合、小学校入学前後という年齢であることも多く、お話だけではうまくいきません。

実際にやってみますと、お辞儀する所まで歩く際にも、照れてしまったり、焦って駆け出してしまったり、「もっと、ゆっくり歩いてね」と話すと、逆に下を向いてとぼとぼと歩いてしまったりと、なかなか大変です。

お辞儀も、頭をちょこんと下げただけで終わってしまったり、腕を伸ばしたままお辞儀をして前屈運動のようになってしまったり、椅子に座るときにも、うっかり鍵盤を触ってしまい、じゃ~んと音が鳴ってしまうことがあります。これには、レッスンに同席されているお母様も驚いていました。

いずれも、普段のレッスンでは行わないことばかりなので、意外な盲点が浮き彫りになります。

今回初めて発表会に参加される生徒さんの先日のレッスンでは、お辞儀をして座ったとたんに、「えっと、何弾くんだったっけ?」と話していて、ビックリしました。

連弾で弾く場合などは、曲の出だしの合図も、明確に決めておく必要があります。普段の練習では、どうしても曲の途中の速度だったり、強弱だったりに意識が向いてしまうので、なんとなく弾き始め、なんとなく最後の音を切って演奏を終わらせていたりしますが、それだと、本番で揃わないことがあります。

今回、姉妹で連弾する生徒さんに、出だしの合図を聞くと、「家では、せーのって言ってたよね」と言うので、「じゃあ、その合図でやってみて」と話すと、かなり大きな声で「せーのっ!」と掛け声をかけていました。「ちょっと声が大きくて、お客さんがビックリしちゃうかなあ~。お姉さんに聴こえるだけでいいから、もっと小さい声でいいよ」と慌てて修正しました。

もちろん、本来は拍子を数えてから弾くわけですが、本番が迫っていることや、年齢が小さい事を考えますと、今から急に変えてしまうと、混乱してかえって弾けなくなってしまうと大変なので、合図そのものは変えないことにしました。

他にも、初めて参加する生徒さんがいますので、本番前の最後のレッスンで、しっかりと舞台上での動作を確認し、自信を持って堂々と演奏ができるようにしていきたいと思います。

話は変わりますが、今月上旬には、大人の方向けのコンサートグレードが開催され、司会者としてお手伝いをしてきました。

コンサートグレード自体は、子供も大人も同じものになるのですが、大人の部というカテゴリーに分けて、時々開催しています。普段は、ピアノ教室にある小さめのサロンで行っていますが、この日は紀尾井町コンサートサロンという会場で行われました。

建物の中は、大人の女性が好みそうな、ステキな内装が施されていて、サロン自体も明るい雰囲気で、舞台上には、スタインウェイのフルコンサートピアノが置かれていました。ソニー創業者の大賀典雄さんが、ソニーの役員を退任したときに、その退職慰労金で建てた軽井沢大賀ホールで使用していたピアノなのだそうで、ピアノの内部にピアニストのアシュケナージさんのサインが書かれています。

発表会でもそうなのですが、大人の生徒さんは、お子様と異なり、ご自身が本番でピアノを弾くことを、あまり周りの方にお話しされないようで、お一人での参加も多く見られました。ちょっと、もったいない感じもします。

コンサートグレードは、公開形式のグレード試験ですが、演奏前には参加者のコメントも読み上げることになっています。お子様の場合、曲の紹介や「頑張ります」といった意気込みがほとんどなのですが、大人の方の場合、少し違います。

幼い頃に、海外出張したお父様からお土産にもらったオルゴールの曲を、グレードの演奏曲に選んだ話しや、本番は高校生以来で数十年のブランクがある話、中には、大人になってからピアノを始めて、本当に上手になるのか、日々実践と検証を行っているようなお話もありました。みなさん、いろいろな思いを持って参加されているのだと感慨深く思いました。

本番の演奏は、舞台のすぐ横で見ていても手の震えがわかるほどに緊張されている方がほとんどで、止まってしまったり、弾き直しされる方もいましたが、それでも最後には立派に弾ききっていました。

弾き終えて席に戻ると、よほど悔しかったのか、天井を見上げてため息をついている方もいらっしゃいました。その方は、講評前の休憩中にも、レッスン担当の先生と私に悔しい思いを話していましたが、すぐ横で幼稚園生のお子様が「今日は、楽しかった」とニコニコしながら話していて、真逆な様子でした。

他の参加者は、休憩中に舞台のピアノと一緒に記念写真を撮ったり、ピアノの中に書かれているピアニストのサインを眺めていたりしていました。

休憩後は、審査をしたアドバイザーの先生方による全体講評と、写真撮影、評価と講評が書かれた用紙を受け取って解散となりました。

解散後は、アドバイザーの先生方と、順番に貴重なピアノを指弾させていただきました。

「楽器自体がよく鳴るのに、みんな(参加者)ちょっと力を入れ過ぎて、頑張っちゃっていたよね」という話も出ていました。

今回、参加された方々は、それぞれ時間をやりくりして練習とレッスンに通い、本番に臨んだわけです。緊張して、普段通りの演奏ができなかった方もおられると思いますが、ピアノが好きという気持ちはコメントにも演奏にも表れていて、日頃レッスンを担当させていただいている身としては、とても嬉しい気持ちになりました。

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(この記事は、第274号のメールマガジンに掲載されたものです)

今回の「たのしい音楽小話」は、今年が生誕90年の記念年となるジャズピアニスト、ビル・エヴァンスのお話です。

先日、「ビル・エヴァンス タイム・リメンバード」という映画を見てきました。

ジャズピアノの詩人と呼ばれ、「ワルツ・フォー・デビイ」など数々の名作を生みだし、51歳でこの世を去った伝説のジャズピアニスト ビル・エヴァンスの生涯を綴ったドキュメンタリー映画です。「五大陸国際映画祭」や「モンテヴィデオ国際映画祭」など13もの世界各国の映画祭で、最優秀ドキュメンタリー映画賞などに輝いた作品です。

アメリカ国内の映画祭やイベントなどでは上映されていたそうですが、劇場での公開は日本が世界発になるそうです。

こじんまりした映画館で、平日の午前中という事もあり、お客さんはまばらでしたが、見るからにジャズファンという感じの人々がほとんどでした。

映画は、幼少期の可愛らしい映像から、トリオを組んで活躍していた時、死の間際までの映像だけでなく、本人のインタビューや最初に組んだトリオのメンバーから、最後のトリオのメンバーまで数々の共演者のインタビュー、そして、もちろんジャズの演奏もふんだんに盛り込まれていました。

ジャズというと、独学でピアノを学んでオリジナリティーを追及するようなイメージですが、ビル・エヴァンスはクラシックのピアノの指導も受けており、映画の中で、学生時代に指導していた教授のインタビューでは、ラフマニノフなどをなんでもたやすく弾いていて、すごい才能だったと話していました。

昼間は学校で学び、夜はジャズバーなどで演奏活動を行い、そこから活躍の幅を広げて、ジャズの帝王とも呼ばれたジャズトランペット奏者マイルス=デービスのバンドに呼ばれ、リバーサイド・レーベルとの契約にも繋がっていきます。

しかし、バンド内で唯一の白人だったため人種差別を受けたり、麻薬に手を出したりと問題も出てきます。

その後、ドラマーのポールとベーシストのラファロと共に、自らのトリオを組んで活動を始めます。メンバーの誰もが主役となり、オリジナリティ溢れるアドリブも交えつつ、それでいて全体の一体感が感じられる楽曲と演奏は、他のバンドとは大きく異なり、名曲「ワルツ・フォー・デビイ」なども誕生します。

仕事面では、順調に進んでいたのですが、ベーシストのラファロの乗った車が事故に合い、25歳という若さで死亡してしまいます。ビル・エヴァンスは、かなりショックを受けて、ピアノを弾くことができず、半年ほど活動を休止します。

私生活では、全てを捧げてくれたエレインと出会い、内縁関係になります。

エレインは、ビル・エヴァンスが麻薬に手を出している時でもビル・エヴァンスに寄り添い支えたそうです。長年良好な間柄だったようですが、子供には恵まれず、それも影響したのか、エレインに一方的に別れを切り出し、年の離れたネネットの元へ行ってしまいます。

エレインは、よほどショックを受けてしまったのか、地下鉄に飛び込み投身自殺してしまいます。

ビル・エヴァンスは、もちろん相当ショックを受けるわけですが、それでも2ヵ月後にはネネットと結婚します。やがて、息子も生まれ、穏やかな生活を始めるのですが、幸せな生活も束の間、以前とは異なる麻薬に手を出してしまうのです。

映画では、その頃の映像も流れていましたが、本当に驚きました。それまでの髪の毛をきっちりとセットし、黒縁メガネをかけた少し硬そうなイメージから、たっぷりと髭をたくわえた姿になり、身なりもどことなく清潔感にかけていて、まるっきり別人のような風貌になっていたからです。

それでも、生み出す作品と演奏は素晴らしく、しかもさらに進化していて、特にスローなテンポの曲は、本当に惹きつけられるような魅力がありました。

しかし、徐々に麻薬の使用量が増え、腕には注射針の跡があちこちに見られ、薬物中毒が酷くなっていきます。家庭内も冷え切ってしまい、私生活は徐々に破綻していきます。

幼い頃から尊敬し慕ってきた2歳年上の兄ハリーが、一所懸命ビル・エヴァンスを救おうとするのですが、ハリー自身が統合失調症となってしまい、遂には自殺してしまいます。

ビル・エヴァンスは、長年の麻薬により体がボロボロになり、車の移動中に大量の吐血をして救急病院に運ばれ、そして51歳の生涯を終えます。

映画の中で、最後に連れ添った恋人が、「これで、ビルはもう苦しまずに済む」と、深く悲しみながらも、どこかほっとしたような雰囲気で話していたのが印象的でした。

一流の演奏仲間からも、「本当にすごい」「一音たりとも弾き損ねることがない」「彼がジャズに与えた影響は、この先100年は続く」「時代を動かした」「ビル・
エヴァンス以上に、情感を表現できる者はいない」と天才ぶりを称賛する声がとても多いジャズピアニストですが、素晴らしい名曲と演奏を残した裏側に、バンドメンバーの事故死や恋人や兄の自殺、そして自分自身が薬物中毒と、多くの悲劇と波乱万丈の人生があったとは想像すらできませんでした。

ビル・エヴァンスは、時には鍵盤が見えなくなりそうなほど背中を丸くして、音楽の世界や自分自身の内面に没頭しているかのような雰囲気で演奏をしますが、音楽のカッコよさやアレンジ力だけでなく、クラシックのピアニストのように、一つ一つの音の美しさやフレーズの歌わせ方も素晴らしく、人を惹きつける魅力を持ち、魅せる音楽を奏でるジャズピアニストだと思います。

映画の中では、ふんだんに演奏が流れていましたが、1曲全部を聴きたかったくらいです。

ジャズに詳しくない方にとっても、ビル・エヴァンスのジャズ演奏は、どこかクラシックに通じるものがあり、聴きやすいのではないかと思います。私も、今回の映画をきっかけに、もう少しビル・エヴァンスのジャズ演奏を聴いてみようと思いました。

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