(この記事は、第121号のメールマガジンに掲載されたものです)
今回の「ピアノ教室の出来事」は、大人の生徒さんのお話です。
この生徒さんは、子供の頃にピアノを少し習っていたそうですが、長い長いブランクの後に再開された生徒さんです。
「60の手習い」という言葉がありますが、定年を機にピアノ教室に通われる生徒さんを何人も見てきました。そして、自分も同じ歳になった時、同じように新しい事にチャレンジする勇気が湧くのだろうかと、感心することもあります。
しかし、この生徒さんは、もっともっと上を行っており、なんと75歳でピアノ教室に通い始めました。感心というよりも、脱帽と言った方がピッタリかもしれません。
毎回レッスンの度におしゃれをされていて、お洋服に合わせたアクセサリーも欠かさないなど美意識が高い方です。先日は、胸元に素敵なブローチを付けていらっしゃいました。
「今日は、素敵なブローチを付けていらっしゃいますね。」と声をかけますと、
「そうなの、孫がね、くれたのよ。ちょっとかわいいでしょ。」
「ヨークシャーテリアの形ですよね。キラキラのラインストーンもついて、サイズもちょうど良いですね。お孫さんの旅行のお土産とかなのですか。」
「ニューヨークから帰ってきた時に、はい、おばあちゃん、お土産ってくれて。こんなつまらないものだけど、でもちょっとステキでしょ。」
口では、つまらないものとおっしゃっていましたが、表情は笑顔で、とても嬉しそうでした。
ピアノのレッスンは、大人用の教材を使用していますが、昨年からは曲集なども併用していて、現在はベートーヴェンの「エリーゼのために」を練習しています。
毎日練習をしているそうですが、先月あたりからだいぶ弾けるようになってきました。
とても好きで、弾いてみたい曲の一つだったようで、毎日楽しく練習をされている様です。
最近では、レッスンの度に、「ピアノを始めて3年で、エリーゼのためにが弾けるようになって。私ね、本当に嬉しいの。先生のおかげよ、ありがとうね。」と、手を差し出して握手をなさいます。
ピアノのレッスンを担当する立場からしますと、「もっと○○をしたい」とか、今日はここを直して次はこちらを直してなど、常に先の事や、よりレベルの高い事を目指してしまいがちです。
ピアノのレッスンは、より素晴らしい演奏を目指すという目的もあるので、そのようになってしまうのですが、しかし、ここまで出来るようになったという過程を楽しむ面も忘れてはいけないのでしょう。
「自分にとって、この曲はまだ難しいかなぁ」という不安な気持ちを抱えながら新しい曲の譜読みを始め、悪戦苦闘しながら練習を積み、一通り弾けるようになった時の喜びは、とても大きいものです。
今、この生徒さんがその嬉しさを感じているのかと思うと、同じ感覚を数知れず経験してきた私も、同じ思いを共有できて、とても嬉しく思いました。
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