食通な音楽家たち


2023年12月4日


(この記事は、2023年11月20日に配信しました第385号のメールマガジンに掲載されたものです)

今回の「たのしい音楽小話」は、食通な音楽家たちのお話です。

だいぶ秋が深まってきました。街中でも紅葉している木々を見かけるようになってきました。11月なのに気温が25度を超えて、100年ぶりの夏日と報道されたかと思うと、かなり冷え込んで「暖房のスイッチを入れちゃいました」とお話された生徒さんもいらっしゃいました。寒暖差が大きいので、少し体調を崩してしまった生徒さんもいて、心配しているところです。

今回は、「秋と言えば…」という事で、グルメと音楽について取り上げようと思います。

ピアノのレッスンでは、生徒さん方に練習している曲の上達をお手伝いしていますが、それだけではなく、曲の時代背景や作られた経緯、楽譜について、作曲家の人となりなど、様々な角度から曲の理解を深めたり、ピアノや音楽にもっと興味を持って楽しんでいただけるようなお話をしています。クラシック音楽の作曲家は、かなり昔の時代の異国の人達なので、あまりリアルに感じられないところもあると思います。それが、ちょっとしたエピソードを知ることで、生きている時代は違えど、同じ人間だと感じられて、親近感さえ感じてしまうのですから面白いものです。

おとなの週末Web」に、先人たちの食への情熱ぶりを綴った歴史グルメ・エッセイ「美食・大食家びっくり事典」が掲載されていましたので、読んでみました。

先人たちを扱っていますので、様々なジャンルで活躍をした人々が登場しますが、その中に作曲家たちも当然ですが登場します。

シュットという作曲家は、作曲で得た収入を何に使ったかというと、自分専用のパン工場を作ってしまったそうです。それだけではなく、次は畑を作って野菜を育て、その次は牧場を作って家畜を飼って、とうとうマスが釣れる川まで敷地にしたそうです。また、開発したポタージュスープは、パリの食通たちにも人気だったそうです。食へのこだわりが凄いですね。

幼少期から素晴らしい才能を開花させていた神童モーツァルトは、華やかなイメージがあると思いますが、下ネタ好きの少年の心を持ち続けていたような人柄でした。ある伝記作家は、モーツァルトの事を、地味で気弱な男であったと書き記したそうです。結構意外な感じがしますね。でも、食事中はひたすら黙々と目玉焼きを6個食べるだけだったり、スープも好物だったそうですが、やはりひたすら黙々とすすっていたそうですから、華やかさとは真逆の性格の持ち主という気もします。先程のシュットのあくなき探求心という食へのこだわりとは、だいぶ異なる食へのこだわりですね。

グルメな音楽家と言うと、最初に名前が挙がる人は、ロッシーニではないでしょうか。フランス料理のメインメニューにも登場する「牛フィレ肉のロッシーニ風」という、フォアグラとトリュフを組み合わせた料理で大変有名な音楽家です。次々と大ヒットのオペラを発表して、32歳の時に「フランス国王の第一作曲家」という称号と終身年金を得て、さっさと音楽家を引退して、好きだった食への道へ進んだ音楽家です。ロッシーニは、音楽と料理の基本が同じであると話したり、自分の結婚披露宴で、料理女を妻にすることは一石二鳥というような趣旨の話をしたりと、いかに食との関りが深いのかを想像させる話ですね。

難聴にも負けず、次々と名曲を生み出したベートーヴェンは、料理についてはだいぶ苦労をしたようです。当時の食通であるルプーという人が料理本を出版した時に、ベートーヴェンに進呈しているのですが、そこにはベートーヴェンの手料理を食べたら食中毒で半殺しになったというような内容が走り書きで残されているのです。どのような料理を作って提供したのかわからないのですが、非常に危ない事を引き起こしてしまっていたようです。ちなみに、ルプーは、「きみは、シンフォニーを作るほうが、うまい料理を作るよりはるかに易しいと、素直に認めたまえ」と続けて書かれていて、ベートーヴェンの作曲家としての才能を賛辞しつつ、料理を作ってご馳走することを、やんわりと拒否している所が興味深いところです。

「美しき水車小屋の娘」や「魔王」など、ドイツ歌曲などでも有名なシューベルトは、裕福な家庭ではなかったので、お金には大変困っていた作曲家です。一説には、作曲する五線紙を買うお金もなく、裕福な友人たちからもらっていたという話もあるくらいです。それでも、時たまお金が手に入ると、得意料理である「グーラシュ」というスープを作って、友人たちに振舞っていたそうです。グーラシュは、ハンガリーの伝統的なスープですが、ドイツやオーストリアなどにもあるようで、見た目はビーフシチューに似ていますが、パプリカパウダーを使用している所が特徴的なようです。シューベルトは、料理の最後に仔牛の肝臓と腎臓を入れて、コクを出していたそうです。シューベルトの作曲する音楽の様に、派手さはないけれど、奥深さを追求した結果なのかもしれません。

フランス音楽の大家ドビュッシーは、デザート作りが得意で、洋酒を使ったクリームを詰めた焼きリンゴを披露しているそうで、「何となくドビュッシーらしい」と、このエッセイに書かれています。美しいものや繊細なものが大好きだった音楽家らしいデザートで、確かにドビュッシーらしいと言えるかもしれません。

短いエッセイで、気軽にあっという間に読めてしまいますので、面白さ満点という謳い文句にも納得という感じがします。もう30話を超えているようですし、今後もクラシックの音楽家たちが取り上げられるかもしれませんから、目が離せませんね。

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楽器の基礎練習


2023年11月5日


(この記事は、2023年10月23日に配信しました第383号のメールマガジンに掲載されたものです)

今回の「たのしい音楽小話」は、基礎練習のお話です。

先日、クラシックTVというテレビ番組が、「プロフェッショナルたちの基礎練習帳」というテーマで放送されていたので見てみました。

基礎練習というと、ピアノの場合は、ハノンやバイエル、チェルニーの練習曲などが思い浮かびます。苦労された方や苦しめられた方も多いのではないでしょうか。もちろん、私もその一人です。たまに弾くならまだしも、基本的に毎日一番最初に弾かなければならないですし、何と言っても面白くないという致命的な欠点?!がありますので、気が乗らないどころか苦痛になるという訳です。

プロの演奏家の方々は、実際にどんな基礎練習をしているのか興味津々でしたが、とても興味深い内容でした。番組では、プロフェッショナルな演奏家という事で、指揮者、打楽器、トランペット、声楽(テノール)、ヴァイオリン、クラリネットの演奏家がゲストに登場しました。

楽器の基礎練習というと、ピアノは先程の通りですが、ヴァイオリンや声楽もスケール(音階)を練習するそうです。ピアノの場合は、ハノンの教則本の中に音階もあります。

基本的な指使いを学び、どの指も、均一な音が出せるように鍛えることが主な目的だと思いますが、ヴァイオリンの場合は、弓を上げたり下げたりして演奏する時に、音の厚みが変わらないように(弓を上げながら弾く時に、音が薄くなりがち)注意しながら弾くそうです。弓をだんだん下げて音を出す時には、体重をかけやすいですし、重力もかかるので、自然と音の厚みが出そうですが、反対の動きになりますと、逆らって音を出すことになりますので、だんだん音が薄くなりがちです。ピアノと同じく、均一な音が出せるようにしておかないと、演奏表現にいろいろな影響が出てきてしまいますから、大切な練習なのですね。番組に登場していたヴァイオリニストも、日々感覚が微妙に変わると話していましたので、なおさら重要なのかもしれません。

音階は、全部で24種類ありますが、毎日練習していますと飽きるものですし、そもそもタイトルの付いた曲のように、音楽として美しいとか感動するような要素がないので、とても面白いものとは思えないものです。以前よりちょっと速く弾けるようになった所だけに、私も喜びを見出していたような気がしますが、この番組を見て、「ピアノの音階練習は、実はまだマシだったんだ」という事を知りました。

今度は、指揮者の基礎練習です。指揮者の練習というと、以前一世を風靡した「のだめカンタービレ」に登場する指揮科の千秋先輩のように、スコア(全ての楽器のパート譜をまとめた楽譜)を読みながら、頭の中で全ての音が鳴った時の響きを思い描きながら、指揮棒を振っているイメージなので、基礎練習って何だろう?と思いました。番組のゲストに登場した指揮者の方が、実際に基礎練習をしていたのですが、これがまた驚いてしまいました。指揮棒を、ひたすら下に振り下ろす動作を行っているのです。「演奏以前のものですよね」と解説していましたが、見えないボールを叩いているように、指揮棒を振り下ろした所がぶれないように、指揮棒を振り下ろすのだそうです。この動作で、オーケストラの方々に、演奏するテンポを伝えると話していました。確かに、物凄く大切な練習なのですが、とても地味で、気の毒にさえ感じてしまいます。ピアノの基礎練習の方がいろいろな音を出せるので、まだはるかによかったのですね。

この話の延長で、ストヴィンスキーの「春の祭典」の一部の練習も披露していましたが、1小節ごとに目まぐるしく変わる変拍子の曲を、一定の速度で足踏みしながら、口でメロディーやリズムを口ずさみつつ、手は指揮棒を振るという事をしていました。他のゲストの演奏家の皆さんも、一様に「すご~い」と驚きの声を挙げていました。番組を見た後に、実際にスコアを見てみましたが、いろいろな楽器がいろいろな音とリズムを一斉に出す事を把握するだけでも、かなり大変だと思いますが、そこに次々と変拍子が現れるのですから、難解極まりないとしか言いようのない感じがしました。それと同時に、こんな恐ろしく難しい作品を、一つの美しい楽曲としてまとめ上げるのですから、指揮者は本当に凄いなあと改めて感じました。

次に、打楽器奏者の基礎練習です。打楽器奏者の方が紹介していたのが、「スティック・コントロール」という、そのものズバリというタイトルの教則本です。打楽器を演奏する方の必須教材だそうで、番組で最初のページが映し出されると、ゲストの方々が一斉に「うわ~」「あああ…」というリアクションをしていました。8分音符だけが、ひたすら並んでいるのです。よく見ると、音符の下にRとLの文字が書かれていて、左右どちらの手で叩くのかという指示があり、それを守って叩くそうです。見るからに、絶対に面白くない練習曲と断言できそうな楽譜なので、あのようなリアクションとため息交じりの声が挙がったわけです。全部8分音符という事は、リズムが全て同じですし、打楽器の練習は小太鼓で行うようなので、ピアノやヴァイオリンなど他の楽器のように、ドとかソのような音の変化もないので、本当に単に叩いているだけという事になるのです。おそらく、左右どちらの手をどの箇所で使用しても、均一なリズムと音を目指すという事なのだと思いますが、苦行としか思えない練習に見えますね。

その中で、少しでも前向きに練習する方法として、「嫌いな人の名前を紙に書いて、それを叩く」と打楽器奏者の方が冗談交じりに話していて、司会でピアニストの清塚信也さんも、それくらいしか、やりようがないよね。わかる~という感じのリアクションをされていました。このような話を聞きますと、ピアノの基礎練習は、ドからシまで音の種類がありますし、その並べ方によって様々なフレーズになりますから、バリエーションも打楽器よりはるかに富んでいたのですね。

大変な基礎練習に、ある意味耐えて、またそこになんとか喜びを見出しつつ、励んでプロの演奏家になるわけですが、クラリネット奏者の方が、「練習が好きで、全然いやではなかった」と発言をされていて、ピアニストの清塚さんに、「完全に浮いていますよ」と突っ込まれていました。「音を出せるという事だけで楽しい」と話していて、これもまた凄いなあと思いました。

でも、思い返せば、ピアノ教室の生徒さん方の中でも、このようなタイプの方が実はちらほらいらっしゃいます。きちんと学びたいと思っていたり、だんだんと上達している事が実感できるからと、バイエルやハノンを本当に喜んで一生懸命練習されるので、私もレッスンしながら凄いなあと感心させられています。

今まさに、基礎練習をされている方もたくさんいらっしゃると思いますが、大変だなあと思う時や、気が向かない時には、指揮者や打楽器奏者の基礎練習を思い出していただけますと、「ピアノは、まだいろいろな音が出せて良かった」と少しは前向きに練習できるかもしれませんね。

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(この記事は、2023年9月11日に配信しました第380号のメールマガジンに掲載されたものです)

今回の「たのしい音楽小話」は、生誕150年を迎えたラフマニノフについてのお話です。

先日、「東大新聞オンライン」の記事で、音楽家のラフマニノフを取り上げていたので読んでみました。こちらの記事です。

【東大音ひろば】ラフマニノフ~ピアノで魅せるロシアの巨匠~

東大新聞オンラインは、東京大学の学生が独自の目線で執筆・編集している学生新聞だそうです。教授のインタビューや科学のニュース、東大の研究やスポーツ速報、学生主催のイベントなどの情報を発信しています。

「学生目線が他のメディアにはない強みです」と書かれていましたが、東大生がクラシック音楽を語るという時点で少し不思議な気もします。しかし、東大大学院卒のピアニストもいますし(ショパンコンクール・セミファイナリストであり、YouTube で、Cateen かてぃん として活動されている角野集斗さん)、東大生が子供の頃に楽器を習っていた割合は、一般的な小学生が楽器を習っている割合の倍以上というデータもあります。また、40年以上の歴史と現在も220人以上の在籍者がいる「東京大学ピアノの会」というサークルがある事などを考えますと、決して意外な事ではないことがわかります。

ちなみに、東大生が子供の頃に通っていた習い事については、以前、東洋経済オンラインの記事に掲載されていましたが、ランキングで第2位がピアノ、第7位にはヴァイオリン・エレクトーン・その他音楽教室系が入っていました。音楽系ということでまとめると6割となり、個人的には想像以上に多いという印象を持ちました。お父様お母様の立場で見たら、勉強もできて、楽器も演奏できてと理想的なお子様像に見えるかもしれません。

この東大新聞オンラインの「東大音ひろば」というコーナーの第1号で、ラフマニノフが取り上げられました。記念すべき第1号にベートーヴェンやモーツァルトなど、誰もが知っている音楽家ではなく、ラフマニノフを取りあげたところも若干捻っているというのかマニアックな感じもしますし、このご時世に、わざわざロシアの音楽家を取り上げなくてもとも思いましたが、単に今年生誕150年を迎えた作曲家として取り上げたようです。

出生と名字の由来から話は始まり、10代後半に作曲を本格的に学び、早い段階でチャイコフスキーなどから高い評価を受けたこと。交響曲第1番の初演で失敗したこと、その後作曲が出来なくなり、ピアノ協奏曲第2番で大成功を収めたことなどが書かれていました。ラフマニノフを語る時には、よく出てくる有名な話です。

18歳で、モスクワ音楽院のピアノ科を主席で卒業し、翌年には同じ音楽院の作曲科を主席で卒業したのですから、どれほど音楽的な才能を持っていたのかが伺い知れますね。ちなみに、ラフマニノフのピアノ曲で「前奏曲 嬰ハ短調 作品3-2 鐘」という有名な曲があります。2010年のバンクーバー冬季オリンピックで、フィギュアスケートの浅田真央選手が、この曲に合わせて演技を行い銀メダルを獲得して、一気に曲の知名度が上がりました。実際に、ピアノ教室の生徒さん方からも、弾いてみたいというお話を聞きましたし、私も講師演奏でこの曲を弾きました。この「鐘」は、ラフマニノフが作曲科を卒業した年に書かれた作品です。

また、交響曲第1番の初演の失敗については、ラフマニノフ本人にとってはかわいそうなくらい有名な話ですが、その理由については東大新聞に書かれていませんでした。指揮者のグラズノフが酔っ払っていて酷い指揮をしたとか、初演した場所が当時ラフマニノフが属していたモスクワ楽派と対立関係だったことが影響したとも言われています。その他にも、スコア(指揮者が使用する、全部の楽器のパート譜をまとめて書かれている楽譜)とパート譜(個々の楽器の楽譜)の不備がかなり多かったこと、初演時に他にも新曲がいくつかあり、オーケストラの練習が不足していたこと、初演前にラフマニノフの師匠に聴いてもらったところメロディー自体にダメ出しをされ、リムスキー=コルサコフにも、「この音楽は全く理解できない」と酷評されていて、音楽が時代よりも先に進んでいたため、聴衆に受け入れられず失敗となったことなども理由として挙げられるようです。

まだ24歳だったラフマニノフには、この失敗はかなりダメージが大きく、作曲活動が出来なくなるくらい精神的に追い詰められますが、精神科医のサポートなどもあり、27歳の時にピアノ協奏曲第2番を発表し、今度は大成功を収めて見事に復活しました。

東大新聞オンラインでは、この作品について「二重らせんを成すかのように整然とした調和」「ラフマニノフの高貴な出自をうかがわせるかのような華やかな宮殿風のメロディー」などの言葉が並び、なかなか高尚な雰囲気を漂わせる解説でした。そして、ラフマニノフのピアノ曲の難易度の高さから、全ピアノ作品を収録したピアニストが少ない事や、この記事を書いた筆者のお勧めのピアニストの収録についても書かれていました。

記事は、東大生の文才を感じるような文章で、最後まで興味深く読む事ができました。第2回目が、早くも楽しみです。

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