(この記事は、第232号のメールマガジンに掲載されたものです)
今回の「たのしい音楽小話」は、ピアニスト清塚信也さんのお話です。
最近、テレビで清塚さんのドキュメンタリー番組が放送されました。
清塚さんの名前をご存知ない方もおられると思いますが、そのような方でも、清塚さんの演奏を聴いたことがある方は結構多いのではないでしょうか。
というのも、一大ブームとなり、クラシック音楽界が注目されるきっかけとなったドラマ「のだめカンタービレ」で、主人公の「のだめ」が憧れる天才指揮者 千秋先輩のピアノ演奏の吹き替えを担当したのが、清塚さんなのです。
その他にも、映画「神童」の吹き替え演奏や「エヴァンゲリヲン」のサウンドトラック演奏、ゲームの演奏提供や作曲などもされていて、幅広いジャンルで演奏をされています。
また、今月から始まったドラマ「コウノトリ」の音楽監督もされていて、重厚なクラシック音楽もさることながら、軽快なポップスまで弾きこなす、エンターテイメント性のあるピアニストです。
当の御本人は「マルチピアニスト」と思っていらっしゃるそうですが・・・
清塚さんは、1996年に全日本学生音楽コンクール中学生の部で優勝して注目を浴び、その後も、ショパン国際ピアノコンクール・イン・アジアで優勝、イタリア・ピアノコンコルソ金賞という輝かしい実績を残しているピアニストで、桐朋学園大学付属高校を首席で卒業し、モスクワ音楽院に留学した経験もあります。
5歳の時に、お母様の徹底した英才教育を受けて、言われるがままにレッスンに通っていたそうです。お母様自身が音楽の道に進めなかったので、子供に夢を託したのですね。
負けることを許さず、ピアノ以外の事をやる事も許さないお母様の厳しい教育方針で、学校から帰るとお母様と一緒にレッスンに通い、帰宅後も練習ずくめで、友人と遊ぶこともなかったのだそうです。
中学生の時から、世界的なピアニストだった 故・中村紘子さんのレッスンを受けていて、演奏だけでなく礼儀作法なども叩き込まれました。
レッスンの時に、清塚さんがショパン作曲の舟歌を弾くと、演奏が終わっても中村さんが腕を組んだまま暫く黙り込み、その後、「大したもんよ。あなたは、もうこれひとつ(ショパン作曲の舟歌)を持って、世界中で演奏できるように頑張りなさい」と言ってくれて、舞い上がった思い出を話していました。
中村さんの指導を受けた門下生同士のお食事会で、この話をされていたのですが、その場に同席されていたみなさんは、歓声を上げて大いに驚かれていました。世界的なピアニストに、このような事を言われたら、誰でも飛び上がるくらい嬉しいものですね。
また、中村さんから「上手い、下手みたいなところで収まるな」とよく言われ、それが本当に勉強になったとも話していました。「人を感動させることだけが、ピアニストの正義」と話していた中村紘子さんのピアニストとしての哲学を感じていたのですね。
番組では、清塚さんがレッスンで使用していた楽譜が映され、そこには中村さん直々の書き込みがされていました。
ベートーヴェンのピアノソナタ「熱情」の第1楽章の冒頭部分には、「両手の音の深さや奥行きを意識するように」、「もっと低音(左手)に関心を込めて」、「リズムをもっと厳格に」などと書かれていました。第2楽章には、「全体に重々しく」、「風格ある大きな骨格をイメージして」と書き込みがあり、ある個所には丸印と共に「リズムが甘い」という厳しい注意書きもありました。
この曲を練習している方にとっては、とても貴重な演奏のヒントになりそうですね。
中村さんとのレッスンでのエピソードも、お話されていました。
ある曲の箇所について、清塚さんはどうしてもゆっくり静かに弾きたかったので、中村さんに相談をしたら「それだけ心が入って弾きたいというアイデンティティがあるんだったら、もう全部無視しちゃいなさい。弾きたいものを弾きなさい。それがピアニストよ」と言ってくれたので、自信を持って弾く事が出来ていると話していました。
中村さんのピアニストとしての信念が伺えると同時に、それを受け継いでいるピアニストがいることも、なんだか少し嬉しいような気持ちになりました。
現在放送されている、産婦人科医を主人公としたテレビドラマ「コウノトリ」のテーマ曲を依頼されたときの話もありました。
清塚さんは、作曲のヒントを見つけるために、実際に新生児病棟を見学に行き、その見学のお礼に演奏をプレゼントされていました。病気を抱えた赤ちゃんとそのお母さん、病院スタッフが清塚さんの演奏を聴いていましたが、赤ちゃんを抱いたまま、涙を流されていたお母さんの姿が印象的でした。
清塚さんは、ファンの間では「貴公子」と呼ばれ、順風満帆にピアニストとして活躍されているように見えますが、実は5年前に全くピアノが弾けなくなったことがありました。スポーツ選手に多く発症するイップスと呼ばれる原因不明の運動障害です。リハビリをして、驚異的な回復をされていますが、後遺症が今も続いていて、常に手が震えてしまうそうです。
ピアニストにとって、手は命と同じくらい大切なものですから、発症した時は絶望的に感じたでしょうし、リハビリも相当大変だったと思います。そして、今でも後遺症と闘いながら活躍をされているわけですから、凄いと思わずにはいられません。
「ピアニストになれなかったら、生きていかなくていい」とまでお母様に言われ、寂しかった清塚さんですが、その厳しさが糧になったのか、今ではピアノを中心に人々と触れ合う事が出来て、それがなによりも幸せだと笑顔で話していました。
清塚さんの今後のマルチな活躍が、ますます楽しみに感じると同時に、まずはドラマのテーマ曲をしっかりと聴いてみたいと思いました。
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