(この記事は、2021年8月16日に配信しました第328号のメールマガジンに掲載されたものです)

今回は、お盆前のピアノ教室の様子です。

前回、お子様のピアノ発表会の話をしましたが、お子様の生徒さんは、発表会も終わり、ひとまずほっとしています。

発表会で思わぬミスをしてしまった生徒さんが気になっていましたが、いつもと変わらぬ様子でお母様とレッスンに来られました。そして、教室に着くなり、お母様からお話がありました。

「グレードの曲なのですが、いろいろと課題曲を聴いてみたのですが、子供がどれもあまり好きではないようで…。次の級の課題曲だと好きな曲があるのですが」

グレードとは、このメールマガジンで度々お話しているヤマハのピアノコンサートグレード試験です。

発表会の失敗をどうフォローしようかと思っていましたが、私の想像以上に前向きに、次に向かって進んでいる事がわかり、とても嬉しくなりました。

「発表会が終わってそう日が経っていないのに、いろいろと曲を聴いていただいたようでありがとうございます。飛び級の受験も可能ですし、好きな曲を弾いてチャレンジするのも良いかと思います」

とお話しますと、お母様が、

「既に楽譜を買って、練習も始めているんです」

「え~、凄いですね」

「それで、一応2曲とも最後まで弾けるんです」

「あら~、すっごいですね!!」

「なので今日は、その曲も見てもらおうかと思いまして」

この生徒さんは、普段から曲の好みがはっきりしていますし、コツコツと練習をしてくる生徒さんです。しかし、まさか発表会後にグレード受験を決断して、課題曲リストの曲を聴いて曲を選び、楽譜を用意して練習を始め、2曲とも譜読みを完成させていたとは、本当に驚きました。この他に、普段の教材の曲も練習しているのですから、とても頑張り屋さんで凄いなあと思います。

レッスンでは、指使いやリズムなどを少し修正しました。なるべく早い段階でベストな指使いを決めて身に着けておくと、その後に曲のテンポを速くしても対応できます。秋にはグレード試験を受ける予定ですが、今度は練習の成果が存分に発揮できるように準備をしていきたいと思います。

今度は、大人の生徒さんのお話です。

大人の生徒さんの発表会は、まだまだ先になります。お子様と異なり、発表会の参加は任意で、参加される方は毎年参加され、参加されない方は、いつも遠慮されている状況です。

「今年の秋に発表会がありますが、そろそろ1回ぐらい参加されてはいかがですか?」と声をかけていますが、「私は、ノミの心臓なので」とか「いやいや…」とお茶を濁されることもあります。あまりゴリ押ししてもと思いますので、「そうですね。では気が変わったらすぐにおっしゃってくださいね。気が変わることを願っていますね」と明るく答えるようにしています。

そんな中、既に発表会の曲を選んでいる生徒さんもいらっしゃいます。「この曲を、と思っていますがいかがでしょう?」と楽譜を取り出しながらお話される生徒さんは、昨年初めて発表会に参加された方です。前回は、趣味のコーラスで歌っていた曲のピアノ・アレンジ版を弾きましたが、今回は、ピアノの名曲中の名曲を選択されました。

「これは、ピアノを弾いている方にとって、一度は弾いてみたいと思う良い曲ですよね」

「曲は良いんですが…。どうでしょう?」

「前の曲よりもちょっと長いですが、毎回きちんと練習をなさっていますから、大丈夫かと思いますよ。少し曲について説明しますね」

とお話して、曲の場面ごとに番号を振り、指番号についてやリズム、音の確認などをしました。そして、「最初の大きなフレーズはその後も2回出てくるので、一番最初にこの部分を練習してみましょう」とお話しました。

毎回のレッスンで「練習はかなりやっていますが…」とおっしゃるくらい、日々の練習を欠かさずに行っていて、毎週のレッスンも休むことなく来られています。気が付けば、入会されてから2年目になりますが、既に教材も4冊目に突入し、いかに地道な練習が大切なのかを身をもって教えて下さっています。

これから秋の発表会に向かって、本格的にレッスンが始まりますが、今から私も楽しみにしているところです。

7月末には、サプライズもありました。

2年前に大学受験のためレッスンを一旦お辞めになった生徒さんから、とても久しぶりに連絡を頂きました。3人姉妹で、下の2人の妹さんは、現在もレッスンに来られています。「お姉ちゃんに教えてもらった」と言っては、すらすらと上手に弾けるようになったり、「お姉ちゃんに髪の毛を切ってもらった」と嬉しそうにお話されたりしていますので、お元気なのは知っていましたが、直接ご本人から連絡をもらうと嬉しさも倍増です。

メールでの連絡の中に、今後の進路についてのお話があり、なんと海外の音大を受験したいという事が書かれていて、とてもびっくりしました。

その生徒さんは、小学生の頃、コンクールで賞を取ったりしていましたが、レッスンを2年ほどお休みしていますから、これから音大受験の準備となるとなかなか大変です。ましてや海外となりますと、分からないことも多く、まずは詳しいお話を聞きたいとお返事して、後日教室に来ていただきました。

2年ぶりの再会で、すっかり大人の雰囲気になっていましたが、それでも当時の面影があり、すぐにわかりました。

ひとしきり近況報告を聞いてから、今後の進路や海外の音大受験について、お話を聞きました。最初は驚きましたが、思い出してみるとレッスンに通われていた2、3年前、いやそれ以上前から、「将来は海外の大学へ行きたい」と何回も話されていました。

小学生の頃から、外国語を独学で勉強して読み書きもできるようになり、次々と現地にお友達も作っていました。その頃は、留学への憧れの気持ちから話しているのだろうと思っていましたが、月日が経っても気持ちが変わらないどころか、ますます強くなり、それに加えてピアノが好きだからもっと勉強したいという事で、海外の音大留学の進路を見出したようです。

大人になりますと、どうしても真っ先にリスクや経済的な事を考えてしまい、保守的になる事が多い中、なかなか厳しい道のりになりそうだとわかりつつ、新しい世界に挑戦したいというチャレンジ精神にあふれる生徒さんを見ていると、やはり応援したくなるものです。

その後、ご本人がいろいろと調べて、現実的な話を詰めてきています。いきなり海外の音大は難しいので、まずは海外の一般大学への入学を目指し、その後、音大へシフトするという進め方です。ピアノの練習も再開し、動かなくなった指を鍛えつつ、いろいろな時代の楽曲を改めて勉強しながら、ピアノ演奏だけでなく楽典や音楽史などの勉強も進めていきます。

課題として、スケール(音階)とカデンツ(終止形)、チェルニーの練習曲、古典派のソナタを1曲練習するようにお話しました。

今週からピアノのレッスンも再開します。私も、いつも以上に責任を持ってレッスンをしていきたいと思います。

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(この記事は、2021年7月19日に配信しました第327号のメールマガジンに掲載されたものです)

今回は、お子様の生徒さんのピアノ発表会のお話です。

梅雨は、しとしとと雨が降り続くものでしたが、近年では線状降水帯が突如発生し、強風、豪雨、落雷が同時にやってくるようになりました。そのような危険な天候が終わったかと思うと、今度は毎日猛暑続きで、マスクを付けながら熱中症にも気を付けなければならない夏がやってきています。

そんな中、お子様のピアノ発表会が開催されました。前回の発表会から半年しか経っていないわけですが、それでも生徒さん方は発表会本番に向けて準備を進めてきました。

今年もコロナの影響で、1回のステージに出演する生徒さんの人数を大幅に減らし、お客様についても、生徒さん1人につき2人まで付き添い可能と限定し、何かあったときに連絡が出来るようにお名前も記入していただきました。

出演する生徒さん方も、手の消毒はもちろん、集合時間も明確に決めず、記念品は事前に配布したり、舞台袖からの舞台への登場や事前待機も、密を避けるために止めて、客席から直接舞台に上がってもらうようにしました。

また、ピアノソロの場合は、舞台上のみマスクを外して良いことにし、演奏が終わるごとに鍵盤や椅子を消毒することで、少しでも気持ちよく行えるように配慮しました。

発表会当日は、朝から照り付けるような日差しと暑さでしたが、生徒さん方が会場にやってきました。夏らしいさわやかなワンピースを着た姉妹が一番乗りでした。妹さんの方は、元気よくいつもと変わらない様子でしたが、お姉さんの方はだいぶ大人しく、少々不安そうな様子でした。

さりげなく話をしてみますと、暗譜が少々不安との事です。レッスンでは暗譜で弾いていたので、大丈夫と思っていましたが、あまり強く言ってしまうとかえってプレッシャーになるので、「レッスンでは暗譜で弾いていたから、大丈夫かなとは思うけれど、もし不安だったら楽譜を見てもいいわよ。本当に見ながら弾くかは別として、楽譜が置いてあるだけで安心するかもしれないしね。開演前までに決めてくれると嬉しいな」と話をしました。

お母様も、横で頷いて聞いていました。妹さんは、いつものケロッとした感じで「暗譜で大丈夫じゃな~い?」と言っていて、ご家族の様子に励まされたのか「暗譜で弾く」と小さい声で答えてくれました。

自分で決断したのは立派だと思いますが、その後も少々気になっていました。しかし、開演前まで時間があり、妹さんやご家族と話しているうちに、すっかり気持ちも落ち着いたようで、いつもの笑顔が見られるようになり、少しホッとしました、

小学2年生の男の子は、ピシッとアイロンの効いた白シャツとベスト、短パンというおしゃれな装いで会場に現れました。「かっこいい洋服を着て来たのね」と声をかけますと、「うん」と答えてくれました。「今日はね、お辞儀をする目印が、凄くちっちゃいのよ。ほら、ここから見えないでしょ。だから今、一緒に見て来ようね」と話しますと、「え~~、ちっちゃいの?ホントだ、見えな~い」と言いながら、舞台まで目印を見に行きました。そして、「本番では、思いっきり楽しく弾いてね。楽しみにしているよ」と声を掛けますと、「うんっ!」と大きく頷いてくれました。

今年の春から私のクラスに移動してきた小学生は、本当にいつもと変わらない様子で会場に来られました。レッスンでマスクをして弾く事にすっかり慣れていて、本番でもマスクのままで弾くというので、「いいわよ~。マスクをして弾くのって、いつものレッスンと同じだもんね」と声をかけました。普段のレッスンでは、お母様が送り迎えをされているので、お父様にお目にかかるのは2回目くらいでしたが、ご挨拶をすることができホッとしました。

小学生と中学生の姉妹は、お母様と会場に現れました。中学生のお姉さんは制服姿で、妹さんはピンク色のドレス姿です。「まあ、○○ちゃんステキなドレスね。お姫様みたい」と声をかけますと、はにかんだ笑顔を見せていました。お辞儀の目印のテープを確認しようと話しますと、少し緊張しているのか、舞台に近づきたくない素振りを見せていました。お母様に促されると、お姉さんの腕をつかんで「◇◇ちゃんと…」と言い、すかさずお姉さんが「一緒に見に行こうね」と優しく声をかけていて、お姉さんを頼りにしている妹さんと、妹さんを常にフォローしている優しいお姉さんという仲の良さを改めて感じました。

開演時間になりました。

プログラム1、2番の生徒さんは、他の先生の生徒さんで、先生と連弾で演奏していました。ピンク色でフリルの付いたドレスを着た生徒さんと、曲に合わせてカウボーイ風の衣装の生徒さんと、どちらも落ち着いて弾いていて、先生と息の合った演奏をしていました。

生徒さんの使用している楽譜をよく見ますと、これまで見たこともないものでした。購入した楽譜を使用する場合、楽譜自体が分厚かったり、次のページに曲の続きがある場合などに、楽譜をコピーして使用することがありますが、その場合、そのまま使用すると折れ曲がったり、空調で飛ばされたり、注意などの書き込みがやりにくいことがあります。

そのため、台紙に貼ったり、ファイルに入れるのですが、ファイルに入れると照明の反射で見にくくなったり、書き込みのたびに楽譜を出し入れする手間がかかります。この生徒さんが使用していたものは、楽譜の上下部分をはめ込んで使用するファイルで、楽譜部分には何もないので、楽譜そのものを直接見ることができ、楽譜の入れ替えも簡単で何回でも使用できる優れものでした。発表会本番で、このような便利グッズを知ることになるとは思ってもみませんでした。

私の生徒さんの演奏ですが、本番前のレッスンで、「もう少しテンポを速めにして弾いたら、ワクワク楽しい雰囲気が出るね」とアドバイスした生徒さんは、そのアドバイスをした時には、「(いつもの)このテンポで弾く~!」と頑なに拒否していましたが、本番では、軽やかなテンポで弾いていて、強弱や転調している部分も良い感じで弾けていました。

大人しく不安そうで、それでも暗譜で弾く事を決断したお姉さんは、それまでの様子とはガラッと変わり、普段通りの様子で舞台に上がりました。弾き始めから順調そのもので、テクニック的に少し苦労していた部分も見事に乗り切り、昨年の倍くらいの長さの曲でしたが、しっかりと暗譜で美しく弾ききることができました。

かっこいい洋服を着て来た男の子の生徒さんは、終始3連符の伴奏でメロディーは8分音符という、正しいリズムを把握するのが大変な曲を弾きました。片手のリズム練習からスタートして、両手でリズムをマスターするも、楽譜通りに弾くとリズムが崩れてしまったり、ゆっくりなテンポでは正しく弾けても、テンポを少し速くするとリズムか崩れるという難局も乗り越えてきました。また、3連符も音や指番号の組み合わせによって、弾きやすい3連符と弾きにくい3連符があり、なかなか一定に弾く事にも苦労していました。本番では、これまでの苦労を何も感じさせず、とてもきれいに整った3連符や両手のリズムで弾けていて、ペダルのタイミングもとてもよく、生徒さん本人も大満足の演奏だったようです。

今年の春から移動してきた生徒さんは、淡くはかなげな曲を、レッスンの時よりもきれいに弾いていました。強弱なども良く配慮して弾いていましたが、最後の2小節あたりで左手の音を間違えてしまい、続きが弾けなくなってしまいました。これまで1回も間違えたことのない部分でしたので、少し動揺してしまったかなと思いましたが、なんとか曲を終わらせて、2曲目を弾き始めました。2曲目はテンポが速く、16分音符がたくさん出てくる曲で、レッスンでは前後の16分音符がくっついてしまったり、テンポが揺らいでしまう事もありましたが、1曲目の動揺を引きずることなく、音の粒のそろった16分音符を流れるように弾いていて、曲の勢いもあり、とてもよく健闘したと思います。

最後に演奏した中学生の生徒さんは、バロック期のバッハの作品を弾きました。これまでロマン派や近現代の曲を好んで弾いていましたので、バロック期の曲は初めてのチャレンジになります。「かっこよくて、ものすごく好きだけど難しそう」と曲決めの時から、少し躊躇していましたが、コツコツと根気強く練習を重ねてきました。本番では、最後近くの聴かせどころ部分でミスが出てしまいましたが、その他はレッスンの時のように安定して、さすが中学生という落ち着いた演奏をしていました。

全員の生徒さんが、本番まで本当によく頑張って練習をし、本番に臨み、それぞれの個性ある演奏が披露できたと思います。発表会の曲選びの段階から、楽しく行うことができ、もちろん緊張はしたと思いますが、充実感を味わえたのではないでしょうか。

まずは、これまでの頑張りを自分自身で褒めていただき、疲れを取って、また新しい気持ちで楽しくピアノを弾いてもらいたいと思います。

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(この記事は、2021年7月5日に配信しました第326号のメールマガジンに掲載されたものです)

今回の「たのしい音楽小話」は、「十六歳のモーツァルト」という本のお話です。

十六歳のモーツァルト 天才作曲家・加藤旭が遺したもの 小倉孝保著 KADOKAWA

先日、インターネットでたまたまこの本の紹介を見つけ、興味を持ったので読んでみました。モーツァルトと言えば、クラシック音楽の世界では天才中の天才で、幼い頃より音楽的な才能を発揮して、3日でオペラを書いたなど神業とも思えるような偉業を成し遂げ、数々の傑作を生みだし、若くしてこの世を去った作曲家です。

ピアノや音楽に携わっている方だけでなく、普段ほとんど音楽とかかわりがない方でも、「トルコ行進曲」や「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」「きらきら星変奏曲」、オペラ「フィガロの結婚」「魔笛」、交響曲第41番「ジュピター」などは、曲の題名はわからなくても、音楽を聴くと「聴いたことがある」と思うのではないでしょうか。

そんなモーツァルトのような、いやモーツァルトを超える才能を持ったと言われる加藤旭さんという作曲家を、今回初めて知ることができました。

1999年に生まれた加藤旭さんは、生まれた時からいつも穏やかで騒ぐこともなく、周りをよく観察し落ち着きのある子供でした。特に音楽に関心がある家庭ではなかったにもかかわらず、音に敏感で、音の出るおもちゃを好み、穏やかな音楽がテレビから流れてくると、いつの間にか聴き入っていたそうです。

また、絵本を読んでもらう事も好きで、2時間でも3時間でも飽きずに聴いていたそうで、聴くこと自体が心地よかったのでしょう。3歳前後からは、ピアノの鍵盤をたたいて遊び始め、他のおもちゃに興味を示さなくなったそうですから余程のピアノ好きだったのですね。

その後、ピアノを習い始めましたが、習得する能力の高さに指導者も驚き、1年程経つと楽譜をアレンジするようになりました。作曲家としての出発点ですね。

五線譜に楽譜を書くようになり、4歳で五線譜のノートに曲のタイトルを付けて、ゆったりとした音楽や暗く寂しい感じの曲、とびきり明るい曲など、様々な表情の音楽を作曲するようになりました。

「おかあさんがだいすきおとうさんもだいすき」「しゃぼんだまふいた」「ちょうちょがとんでる」など、曲のタイトルを見ただけでも、身の回りの出来事を音にして、音楽にしていることが伝わってきます。

消しゴムを使わず、猛スピードで楽譜を書き、頭の中で鳴っている音楽に書いている手が追い付かない程で、次々と浮かんでくる音楽を追いかけ、音符にしていく様は、モーツァルトやシューベルトと同じで、読んでいて驚きました。

また、旭さん自身が「音が色に変換される」と言っていたそうで、音を聴くと色を感じる共感覚をお持ちだったようです。これは、リストやリムスキー=コルサコフ、シベリウスなども持っていたと言われます。

幼稚園に入園すると、ピアノと並行してヴァイオリンも習い始めました。演奏の腕が上がると、ピアノと同じように作曲を始め、1ヵ月に20曲も作曲していたそうです。

お母様も、次第に旭さんの才能をどう伸ばしたらよいのか、いろいろと悩み考え、できるだけ多くクラシックコンサートに連れて行き、コンサート終了後には楽屋に突撃訪問して、指揮者の佐渡裕さんや船橋洋介さんに、旭さんが作曲した楽譜ノートを見てもらい、アドバイスをもらっていたそうです。

この幼稚園時代に作曲した作品は、サントリーホールで行われる東京交響楽団による「こども定期演奏会」のテーマ曲に選ばれました。小学校に入学したばかりの頃ですが、これまでの最年少受賞者です。この頃には、毎日作曲していて既に427曲も作り上げていました。家族で出かけるときには、必ず曲が浮かぶそうで、五線譜を常に持ち歩いていたそうです。

この演奏会のテーマ曲を選んだのは、指揮者の大友直人さんだったのですが、「旭さんの楽譜は、しっかりとした音楽で、魅力的なフレーズやアイディアが間違いなくある」と評価していて、コンサートでは、大友さんの指揮で演奏されました。演奏後は、客席に向かって大友さん自ら、「将来のモーツァルトかベートーヴェン、ラヴェルかドビュッシーになるかもしれません」と、旭さんへエールを送ったそうです。

入学したばかりの小学校でも、音楽の研究主任の先生に才能を高く評価されます。30冊を超える楽譜ノートには、音符が実に正しく書かれ、消した後さえなく、オーケストラ用の曲もあり、才能の原石に出会ったような感覚で、「まるでモーツァルトの生まれ変わり」だと衝撃を受けたそうです。

この先生は、自身も作曲をしていましたが、「作曲は、何度も音を確かめて楽譜を書き直し、小さなピースをあれこれ試しながらジグソーパズルを作るような作業なのに、旭さんは、一瞬にしてカメラで全体像を掴んでしまっているようで、天賦の才能を与えられた子とは、旭さんのような存在だ」と思ったそうです。

小学3年生の時には、再び「こども定期演奏会」のテーマ曲に選ばれます。テーマ曲に選ばれると、プロの音楽家がオーケストラ用に編曲するのですが、編曲を担当した音楽家の長山善洋さんが旭さんの楽譜を見て、「ピアノで作曲をしながらも、オーケストラの音色を意識した作品作りをしていて、明らかに小学1年生の時とは違っている」と驚いたそうです。

その後、中学受験をすることになり塾に入りますが、入塾時からかなりの成績優秀者だったそうです。そして、灘、開成、栄光学園と、関西と関東の名門最難関中学に全て合格し、通学がしやすい栄光学園中学に入学しました。

中学受験の準備あたりから、作曲のペースはだいぶ減ったようですが、ピアノのレッスンを受けながら文学や化学にも興味の幅を広げていきます。しかし、中学2年生の秋から頭痛を訴え始め、検査をすると頭部に腫瘍ができていました。

本の中では、その後の体調の悪化や家族の動揺などが事細かに書かれていて、段々と読むのが辛くなるほどの生々しさでした。そして、ついに余命3ヵ月と宣告されます。

まだ中学生という若さで、プロが認める作曲の能力を持ち、成績優秀、人柄も申し分ないという非の打ち所がない旭さんを襲った運命は、あまりにも悲しく不条理で、言葉さえ見つかりません。

日々、旭さんが苦痛と衰えに苦しむ中、ご家族が旭さんの生きた証として、また旭さんと同じように難病と闘う人達が治療に前向きになってほしいという気持ちから、旭さんの作品のCD制作を考え、旭さん自身も誰かの役に立てるのは、自分の作った曲しかないと思うようになります。

あと1ヵ月かもしれないという旭さんの残された時間内にCDが完成するように、ピアニストや関係者が準備を行い、遂にCDが完成します。CDが発売されると、その反響は大きく、たくさんの感想が寄せられたそうです。その後、旭さんは再びピアノへの情熱を呼び起こし作曲を始めます。

目が見えなくなり、「明るい世界への憧れが捨てきれない。やはりお母さんの顔が見たい」と泣いていた旭さんが、突然左手の旋律を思いつき、楽譜制作ソフトを使って作曲を始め、16歳の誕生日の翌日、遂に「A ray of light (一筋の希望)」という曲が完成します。

その後も、木管三重奏曲などを作曲し、周囲からは奇跡が起きるかもしれないとも思われていましたが、年を越すと発作やけいれん、運動性失語など病状は悪化していき、遂に16歳で生涯を終えることになります。

旭さんの死後、住んでいた鎌倉市からは、彼の楽曲と前向きな姿勢が多くの市民に勇気と感動を与えたとして感謝状が贈られ、厚生労働省の自殺対策推進室は、ゲートキーパーソングとして彼の曲を採用しました。

本を読んだ後に、旭さんの「A ray of light (一筋の希望)」を聴きました。重々しく苦しくなるような悲しみの音楽が鳴り響き、もうだめかと思えるような世界から、微かに一筋の細い光が見えてくるという音楽で、親しみやすく聴きやすい音楽なのに、メッセージ性が大変強く、「凄い」という言葉しか見つからず、思わず泣けてくるような感動を覚えました。

モーツァルトなどクラシックの作曲家は、両親のどちらかが音楽に精通している事がほとんどで、早くから音楽の英才教育を受けてきた人ばかりです。しかし、旭さんはそのような家庭環境ではなく、自らの様々な体験を、まるで小さい子が自由に絵を描くように音楽を作り、生涯作曲を習う事はありませんでした。彼のような人こそ、「真の天才」なのかもしれません。

他の作品も大変興味があるので、これから聴いてみようと思いますし、ピアノの生徒さん方にも彼のことや作品について話してみたいと思います。

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