(この記事は、第184号のメールマガジンに掲載されたものです)
今回は、定年退職後にピアノを始められた男性の生徒さんのお話です。
定年退職されて、「ピアノでも弾いてみるか」ということで教室に通い始め、もう数年になります。
以前はギターを弾いていたとの事で、ト音記号は少し読めるのですが、ピアノは初めてで指番号の確認から始めました。
大人の生徒さんは、月に2回のレッスンの方が多いのですが、この生徒さんは、毎週レッスンに通われています。
女性の生徒さんと異なり、男性の生徒さんは、レッスンで多くを語らず、どちらかというと黙々と弾かれる方が多いように感じていますが、この生徒さんも、レッスンでは、黙々と何回も続けて弾く事が多い方です。
ピアノを始めたころは、焦ってしまい、弾いているうちにテンポがどんどん速くなってしまっていましたが、今では弾いている曲に少し慣れてくると、速くならないようにコントロールすることができるようになってきました。
今、弾いている曲は、かなりミスなく弾けるところまで仕上がってきており、「このくらい弾けていれば OK かなあ」と思う演奏ができるようになって1か月くらいは経っています。
私としては、大体出来てきたので、この曲は合格と思っていたのですが、弾いているご本人は、どうも納得していないのです。
毎回レッスンの度に、弾いては、「う~~ん」と小さく唸り声をあげ、時にはため息を付いたり首を傾げたり。
このような状態では、「弾けるようになった」という嬉しさや達成感がありませんので、無理に次へ進む訳にもいきません。
生徒さんに聞きますと、「何か違う。何か自分のイメージする音楽と違う気がする」とおっしゃいます。
最初のころは、弾きなれていない3拍子の音楽への違和感かなと思ったのですが、練習を始めてある程度経った今でもおっしゃっているという事は、別の要因と思われます。
そこで、メロディーよりも伴奏の音が強くなってしまう点が原因かなと考えました。
初心者の生徒さんで、5・60代以上になりますと、指の関節が少し硬くなり、指がスムーズに動きにくい事があります。
そのために、指のコントロールが難しく、本来あまり主張しないように弾く伴奏で、音を弱くすることができず目立ってしまうのです。
この生徒さんも、当初から少し関節が硬い印象があり、そのため少し弾きにくい所で音のミスが起こってしまう事もありました。
伴奏を少し弱く弾くように、そのために指を鍵盤からあまり離さずに、常に鍵盤を触っているイメージで弾くようにとアドバイスしました。
「メロディーを少し強く弾いて目立たせ、伴奏は弱く弾く。」
これは、言葉でいうのは簡単ですが、実際にやるのは難しいものです。
私も小さい頃、なかなか出来ずに苦労した経験があるので、その大変さはよくわかります。
考えてみますと、同時に左右の違う指で、違う音を、違うリズムで、違う音の強さで弾くのですから、かなり難解な動作と言えます。
それを、次々と考える間もなく、曲の最後までやり続けるのですから、難しいと思うのは当然です。
だからこそ、ピアノ演奏は、脳の広範囲に刺激が起き、脳の活性化に良いといわれるのでしょう。
この生徒さんも、「あ~、それが、これまで感じている違和感の原因かも」とおっしゃり、気を付けて弾くようになりました。
ただ、難しい技術のため、練習してすぐに出来るようになるものではなく、少し長期的に気を付ける課題となります。
1週間後のレッスンでは、少しメロディーと伴奏のバランスがよくなってきましたが、相変わらず、すっきりしない表情なのです。
そして、たどり着いたのが、好きな音楽のタイプと、自分の持ち味とのギャップです。
今、練習している音楽は、元々ギターで演奏される曲で、以前ギターでも弾いたことがあり、お好きな曲なので曲想もバッチリ出来ています。
哀愁漂う音楽で、少し曇ったような音色で弾くときれいな音楽です。
しかしながら、この生徒さんは、パッと明るくはっきりした音が出せる持ち味なのです。
そのため、何回弾いても、何か違うと違和感を感じていたのです。
生徒さんにお話したところ、熱心にお聞きになっていて、「あ~。なるほど。それかも」と納得していたようでした。
ピアノという楽器は、弾く人によって音色が異なる不思議な楽器です。
この生徒さんのように、「パッと明るく華やかな音が出せるタイプの人」、また、「いぶし銀のような、どっしりとした音が出せるタイプの人」、「軽やかで繊細な音が出せるタイプの人」など、人によって音色が異なってきます。
そして、どれもが素敵な音なのです。
例えて言うなら、バラ、ひまわり、桜、朝顔、ユリ。どれもが、それぞれきれいな花であり、それぞれの良さがあるのと似ています。
時には、他のタイプが良いと憧れ、なんで自分はこういう音色なんだろうと思う事もあるでしょう。
しかし、他のタイプの方も案外同じことを考えていて、それぞれ別のタイプに憧れているように思います。
ご自分の持ち味を受け入れ、そして、違うタイプの音色づくりにもチャレンジしていく。それも、ピアノ演奏の面白さと捉えられたらと思います。
この生徒さんが、次のレッスンで、どのような表情で演奏されるのか、お気持ちがどのように変化しているのか楽しみです。
(この記事は、第180号のメールマガジンに掲載されたものです)
ピアノのレッスンでは、レッスン以外に幅広くピアノや音楽の事を知ってもらい興味を持ってもらえるように、色々なお話もするようにしています。
また、楽譜やCDをお貸しすることもあります。
自分が学生のときのレッスンを思い返してみても、このようなレッスン以外の出来事が思い出深く残っているものです。
リストの曲を練習している時に、「あなた、これ聴いてみなさい」と、先生から1枚のレコードを渡されたことがありました。アンドレ・ワッツの弾くリストの超絶技巧練習曲全集で、ちょうど練習していた曲でした。
先生からお借りするなんてと、とても恐縮してしまい、何かあってはいけないと楽譜の入ったカバンには入れず、まさに肌身離さず大事に抱えて帰宅したものです。
家に帰って、早速レコードをセットし針を下ろす時の緊張感、そして出てきた音の美しさ。(アンドレ・ワッツは、弱い音がとても綺麗なのです。)
もう、かなり前の事ですが、今でも鮮明に記憶に残っています。
ピアノを弾く時に、今練習している曲を早く弾けるようになりたいとか、早く難しい曲が弾けるようになりたいというのは、一つの身近な目標としては良いのかもしれません。
しかし、それだけでは、どうも味気ないというのか、もったいないと思うのです。
他の人の演奏を聴いて、表現や解釈の違いを感じたり、その音楽の背景を知ることで、より深く音楽を理解し、楽しむことができるようになると思います。
そのため、来月開催されるショパンコンクールについても、レッスンで意識して話題に挙げています。
小さい生徒さんから大人の生徒さんまで、年齢問わずお話をしていますが、ご存じない方がとても多いようです。そういうコンクールがあるのを知っている方が、少しいらっしゃる程度でした。
「5年に1度の開催なので、オリンピックより間隔が空いているでしょ?」とか、一次予選に参加するまでの道のりの大変さ、もし優勝したら・・その影響など、ほんの少しお話をするだけで、どの生徒さんも、とても良いリアクションをされます。
「えぇ~っ!! 5年に1度しかやっていなかったら、参加するタイミングを合わせるのも、すごく大変ですよね。」
「一次予選前に、わざわざポーランドのワルシャワまで行って、一人30分くらいのプログラムの曲を弾くの? うわ~、すっご~い。」
などなど、そこまで反応があると、興味を持ってもらえたようで、こちらとしても、お話してよかったと思います。
場合によっては、実際に YouTube の動画をお見せして、「ね~、すごいでしょ? 15,6歳で、こんなに上手に弾けるのよ~。」とお話をすると、驚きの表情で、聴き入っている生徒さんもいらっしゃいました。
中でも、一番生徒さん方が驚かれたのが、アジア人として初めてショパンコンクールで優勝した、ダン・タイ・ソンさんのエピソードです。
ベトナム戦争のさなか、防空壕の中で紙鍵盤で練習をしていたというエピソードには、みなさんビックリ仰天というお顔をされていました。
そのような状況でも、世界最高峰のショパンコンクールで優勝するのですから、本当にすごいとしか言葉が出てきません。
そのような話をちょっとでも聞くと、「じゃあ、私も練習を頑張ろうかな」と前向きになれたり、「あのピアニストの演奏を聴いてみようかな」「今年のショパンコンクールが開催されたら、インターネットで聴いてみようかな」と少し興味が持てるのではないかと思います。
そんな、ちょっとしたきっかけを、これからもレッスンで提供していきたいと思っています。
(参考)
・ 世界最高峰のショパンコンクール・日本人の成績は?
・ ショパンコンクールは、ちょっと特殊なピアノコンクール
・ ショパンコンクール・第3次予選から本選へ
・ ショパンコンクールに参加したピアニストとそのエピソード
・ 2010年ショパンコンクールをネットで楽しむ
・ ショパンコンクール入賞者によるガラ・コンサート
・ ショパンコンクール・チャイコフスキーコンクール歴代優勝者の音楽CD
・ 今年2015年はショパンコンクールの年
・ 芸術の秋に国際コンクールを満喫
(この記事は、第178号のメールマガジンに掲載されたものです)
前回は、お子様のピアノ発表会で久しぶりにお会いした先生とのお話でしたが、今回は、ピアノ発表会の舞台裏での出来事です。
今回の発表会は、午後一の開催でしたので、タイムスケジュール的には無理がありませんでした。
例えば午前中の10時スタートなどの場合、お昼くらいには終わるので、午後はゆっくりと過ごせますが、9時台に集合で、その前に自宅で練習もしますし、会場まで行く時間を考えますと、普段以上に早く起床して準備をすることにもなります。
また、夕方開催の場合、食事も練習もゆっくりすることができますが、夕方に向けてリラックスしてくる時間帯で、特に未就学児さんにとっては、疲れも出てきますので、発表会としてはなかなか難しい時間帯になります。
この夏休みの時期は、たくさんの教室やクラスが発表会を行いますので、なかなか希望通りの日時では行えないものですが、今回は運良く、良い時間帯に開催することが出来ました。
講師やスタッフは、生徒さん方より早く会場に入って準備を行います。
欠席の有無や、アナウンスで読み上げる生徒さんのお名前の確認の他に、足台や補助ペダルのセッティングの確認などを行います。
また、講師演奏の練習や、会場に到着した生徒さんに舞台袖の場所の案内や、初めて参加する小さい生徒さんには、舞台上でのおじぎの場所なども確認してもらいます。
そして、あっという間に開演の時間になりました。
今回初めて参加した小さい生徒さんは、状況がよくわからないようで、お辞儀をしても、なんだかぼーっとしてしまいましたが、その姿は、なんともかわいらしく、ほほえましく感じました。
生徒さんの中には、緊張して暗譜がわからなくなり、ピタッと演奏が止まってしまった方もいました。
なんとか弾こうとしているのですが、どうにも続きの音が出てこなくなってしまい、弾いてみても違った音になり、先に進めません。
舞台袖では、レッスンを担当している先生が、「○の音、○の音よ!」と囁いていますが、もちろん生徒さんには聞こえません。
いよいよ舞台に上がって、フォローをしようかという仕草になっており、私など他の先生も、「頑張れ、頑張れ」と小声でエールを送っていました。
しかし、その後、す~っと続きの音が出てきて、何事もなかったかのように、音楽が流れ始めました。
「あ~、よかった、よかった!」
「いや~、あの状況で、よく○の音がでてきたわよね、すごい、すごい」と、小さく拍手をしながら喜びに湧きあがりました。
私の生徒さんでは、いつも何事もなく弾いていた箇所で、急につまずき、その後も、ちょこちょこ間違えてしまう生徒さんがいました。
後日、どうしたのかと聞きますと、最初に間違えた時に、「もう、ちょっとダメかな~」と思ってしまったようなのです。
難しい曲を弾いたので頑張ったことは確かなのですが、本人としては「いますぐ、もう一度やり直したい」と話していました。
本番で、練習通りに、またそれ以上に完璧に弾けることは、殆どないと言ってもよいでしょう。
広い会場や、スポットライトの照明、お客さんの視線、それに、出番前には、直前の人の演奏がやたら上手に聞こえるなど、普段とは違う状況ばかりです。
毎年、発表会に参加していても、会場や他の参加者、そして演奏順も異なりますから、完全に同じ状況にはなりません。
そのような状況下で、本番の演奏中、思わぬ所で間違えてしまったときにどうするのか?
一度の間違えを、後に引かないようにして、すぐに気持ちを切り替えて演奏するには、どうしたらよいのか?
その対処法も考えながら、練習しておく必要があると改めて感じました。
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