(この記事は、第102号のメールマガジンに掲載されたものです)
久しぶりに、ピアノ・ワンポイント・レッスンをお届けいたします。今回は、「本番で力を発揮する方法」についてです。
ピアノ教室によって多少の違いはあると思いますが、通常年に1回のペースで発表会があります。特にお子様の場合は、1年間のレッスンの成果を発表する場として欠かせないイベントになっています。
私も毎年発表会を行っていますが、毎週レッスンで演奏を見ているにも関わらず、発表会を見ていますと、「1年間でとても進歩したなぁ」と、生徒さん方の成長ぶりに改めて驚かされます。
聴いている立場では、このように感慨深いものですが、演奏する立場ですと、これほど緊張するものはありません。参加する生徒さんを見ていても、出番前の控室では深刻そうな顔をしている方が殆どです。
いざ本番では、ある程度の力を発揮出来ている方が多いのですが、それでも普段はいつも上手に弾けていた所でまさかのミスをしたり、全体的にテンポが速くなって、急いでいる感じになってしまったり、頭が真っ白になって、出だしから調子が出ないまま終ってしまう生徒さんもいます。
せっかく本番に向けて頑張って練習をしているわけですから、なんとか普段の力を存分に発揮させてあげたいと思うのは、私だけではなくご家族の方も同じだと思います。
精神科医でピアニストでもある先生のインタビュー記事によりますと、肩や背中、腰などの体幹部は、姿勢を支えるための筋肉なので、あまり意識しなくても勝手に力が入るものなのだそうです。そして、「本番で力が入ってしまい、思うように弾けない」のは、肩や背中に力が入り、指に上手く力が伝わらない状態と言えるようです。
ピアノは指をたくさん動かして演奏しますが、その時、脳もたくさん働いて思うように手を動かしてくれます。しかし、体の他の状態が変わってしまいますと、そこに力を奪われ、手の動きにも影響が出てきてしまうのだそうです。
また、100本の足を持つムカデに「そんなにたくさんの足を動かせてすごいね。34番目の足を動かすときはどうするの?」と聞いたところ、ムカデは考え込んでしまって歩けなくなってしまったという、「ムカデのパラドックス」というたとえ話があります。
変に意識しすぎると、普段なにげなく出来ていたことも、とたんに出来なくなってしまうという事ですね。
「本番で上手に弾こうと思わないように」という話や、オリンピックに参加する選手が「メダルを意識しない」という話がありますが、これらはとても理にかなっていると言えます。
これらのことから、対策を立てていきましょう。
本番前に、「ちょっと緊張してきたかな」という時には、まず肩や背中、腰などを動かしてほぐしておきます。私も本番前の控室や舞台の袖では、腕や肩甲骨を回したり、前屈運動などをして腰をほぐしています。じっとしているよりも、体が普段と同じような状態になりますし、精神的にも動いていた方が落ち着く気がします。また、緊張して体に力が入ると、呼吸も浅くなるので、ゆっくりと息を吐く事もよいかと思います。
脳と指が正しく動くように、脳に余計な負担をかけないようにすることも重要です。生徒さんのレッスンでも時々見られることですが、弾けていても、手を見ていると弾くたびに異なる指番号で弾いていることがあります。これでは本番で「どちらの指を使おうか?」と迷ってしまいます。早い段階で、しっかりと指番号を決めて固定させておくことが有効ですね。
メジャーリーグで大活躍中のイチロー選手は、ベンチを出てから打つまで、いつも同じ動きをしているという話を聞いて、私もお辞儀から演奏までの一連の動きを固定させて本番に臨んだことがありました。結果は、無駄なことを意識することなく、演奏に集中できて、思ったような演奏が出来ました。
プロ野球選手やオリンピック選手のメンタルトレーニングを行っているメンタルトレーナーの話では、本番を特別なことだと意識すればするほど、失敗を極度に恐れて体が思うように動かなくなるのだそうです。例えば、床の上の板は難なく歩けても、ビルの屋上に同じ板を置いたら、歩くどころか立つことも出来ないという事です。
では、本番を特別なものと思わないようにする対策ですが、シドニーオリンピックで金メダルを獲得したマラソンの高橋尚子選手を指導された小出監督の話が参考になります。
高橋選手は、いつも「走るのが楽しい」「走れることに感謝。一緒にレースをしてくれるライバルにも感謝」と話していたそうです。小出監督は、高橋選手に、4年に一度の大舞台ということよりも、走る楽しさに意識を向けさせていたのです。
ピアノの発表会も、「1年に1回の舞台」というよりも「ピアノを弾いていて楽しい」という気持ちを思い出すと良さそうですね。
これから発表会本番を迎える方は、これらを参考に力を出し尽くしてくださいね。
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