(この記事は、2022年8月22日に配信しました第353号のメールマガジンに掲載されたものです)

今回の「たのしい音楽小話」は、「題名のない音楽会」というテレビ番組のお話です。

まだまだ夏休みを満喫中のお子様を羨ましく思いつつ、お盆休みも終わり、やれやれという事で日常生活を再開された方も多いのではないでしょうか。

先日放送された「題名のない音楽会」には、昨年行われたショパン国際ピアノコンクールで最高位を受賞された反田恭平さんとアレクサンダー・ガジェヴさんが揃って出演されました。「コンクールの秘策を語る音楽会」というタイトルにも興味を持ち、見てみました。

コンクールではライバル同士だったと思いますが、コンクールが終わって、これからどうするのかという会話をしたそうです。その時に、お二人とも、音楽教育について何かしたいと思っていると話したそうで、意外な共通点があるのだなあと思って驚きました。

スタジオには、これから国際コンクールでの活躍を目指している若いピアニスト達が集まっていて、質疑応答をしていました。「反田さん、ガジェヴさんに質問のある方」と司会者が話しますと、ピアニスト全員が一斉に手を挙げていて、反田さんが笑顔でその様子を見ているシーンもありました。「コンクール前日には、どのような練習をしているのか?」という質問が、最初に飛び出していました。コンクールでなくても、発表会やグレードなどの前日に、どのような練習をしたらよいのか、いつも通りでよいのか、はたまた何か工夫が必要なのか、気になりますね。私も興味津々で見ました。

反田さんは、「本番1週間前からルーティーンを決める」と回答していました。本番のプログラム全体を通す練習を行い、前日は、あまりピアノを弾かないようにしているとも話していました。どんどん練習量を増やすのではなく、逆にどんどんフェイドアウトしていくようなイメージで、良い響きで弾きたいという気持ちを、本番にぶつけるという事なのだそうです。スタジオのピアニストたちは、真剣なまなざしで話を聞いていて、「へえ~そうなんだ」と呟いている様子さえ伺えました。

私も、「なるほど」と思っていたのですが、しかしその時、「私のやり方と違いますね」と穏やかな表情でガジェヴさんが感想を話していて、反田さんもガジェヴさんも笑顔だったところが印象的でした。ガジェヴさんが、「実際に本番前にやっている事は、譜面と新鮮な気持ちで向き合う事です。できる限り新鮮で、一度もその曲を聴いたことが無いような、頭の中を空っぽにすることで、曲と向き合う気持ちを切り替えたいのです」と話していました。

反田さんも、「練習しなきゃ、練習しなきゃ」と思うと、自分が何を弾いているのかわからなくなる。ショパンコンクールの2次予選の時は、1日半全くピアノを弾かないようにしていました。練習して息詰まったら、ピアノと離れるというのもいいかもしれない」と話していました。

本番前に、ピアノと離れるという事は、かなり勇気のいることのようにも思えますが、その勇気を持つことで、混乱している頭の中がリセットされ、再構築することができるのですね。それにしても、世界最高峰のコンクールで、ピアノを弾かないという事をしていただなんて、びっくりです。

質問していた中学生が、「ピアニストでも、そういう事があるのだなあと思って安心しました」という感想を話していると、スタジオではドっと笑いが起きていました。

番組では、反田さんとガジェヴさんが、それぞれショパンコンクールで弾いていた作品を1曲づつ披露していました。反田さんはワルツ第4番、ガジェヴさんはマズルカ第35番です。ちなみに、反田さんが弾いていたワルツ第4番は、ご本人が話していた「2次予選前に1日半ピアノを弾かないようにした」というエピソードのときの曲です。

ワルツ第4番は、「華麗なるワルツ」というタイトルなのですが、正にその通りの華やかで美しい演奏でした。ショパンのワルツは、ショパンの作品の中では手頃な長さとテクニックなので、初めてショパンを弾くときに選ぶことも多いものですが、一流のピアニストが弾くと、大変聴きごたえのある作品になっていました。

スタジオでは、「オーケストラと共演するコンクールのファイナル(本選)の時に、リハーサルで指揮者とどういう話をしたのか?」という質問もされていました。ショパンコンクールに限らずですが、国際コンクールでは、ファイナルでオーケストラとピアノ協奏曲を演奏することが多いものです。大変限られた時間で、どのような打ち合わせをしているのか、興味深いものですね。

ガジェヴさんは、「リハーサルは時間がないので、オーケストラと擦り合わせたいところを理解していないといけない。その上で、擦り合わせたい箇所を2、3カ所にして、詳細を簡潔に伝え、オーケストラを信頼することがとても大事です」と話していました。ピアノ協奏曲は、全般的に長いですし、いくつも楽章があります。その中で、ココを打ち合わせしたいと絞り込む時点で、かなり大変な作業とも思えますが、それを実際に行っているからこそ、第2位という最高位受賞に繋がったのかなあと思いました。

一方で反田さんは、「運が良いことに、コンクール以前に共演したことのある指揮者だったんです」と話していて、それを聞いたガジェヴさんが、とびきりの笑顔で「ラッキーボーイ!」と声を掛けていて、反田さんも、「そうそう!!」と言わんばかりの笑顔をしていました。「僕は、ここをこう弾くよと、2、3カ所伝えたけれど、リハーサルの時は、オーケストラが他のファイナリストとのリハーサルの影響が残っていて、演奏が全然合わなかった。どうしようかと思ったけれど、本番では、自分がソリストだからとオーケストラを引っ張らないといけない」と話していました。

確かに思い返しますと、ショパンコンクールのファイナルで、反田さんは演奏しつつ箇所によっては指揮者のように手を振っていて、まるで弾き振り(指揮者をしながらピアノのソリストもする兼任)しているかのような動きになっていました。音楽に入り込んでいると思っていたのですが、それだけではなく、オーケストラを引っ張っていたのですね。

質問の後、ガジェヴさんのマズルカの演奏が流れました。独特のマズルカのリズムを見事に捉え、一音一音が内容深く、それでいて勿論1つの作品としてまとまっていて、味わい深く心に染みわたるような演奏で素晴らしいものでした。目の前で演奏を聴いていたスタジオの若いピアニスト方が、とても羨ましく思いました。「すべての声部に命がある」という感想を話していたピアニストに、大変共感しました。

その後も、「コンクールに向けて、ショパンの練習曲作品10-8を練習していますが、どのようなイメージを持って弾くとよいのか」という、とても具体的な質問も出ていました。練習曲は、曲のスタイルのことなので、はっきりとした題名がなく、どんな場面の作品なのかをイメージすることは難しいものです。また、ピアニストが、どのようなイメージを持って弾いているのかを、自分の言葉で説明することなど滅多にないので、凄い番組だなあと思いながら聴きました。

ガジェヴさんの具体的なアドバイスの後、質問した中学生が感想を話したところで、反田さんが、「今、弾ける?」と無茶ぶりをしていて、まさかの展開に中学生は戸惑いを隠しきれず固まっていました。スタジオからも、「えっ!」と驚きの声が上がりましたが、公開レッスンの始まりとなりました。他の若いピアニストたちが、番組の展開に驚きつつ、公開レッスンをしてもらえる中学生をとても羨ましいという眼差しで見ていたシーンが、大変印象的でした。

反田さんがアドバイスされていたことは、「右手が難しいんだけど、簡単に弾ける方法として、右肘をちょっと開けると、関節がスムーズに動く」というものです。この作品を練習されている方は、ぜひ取り入れてみるとよいかもしれません。

ショパンコンクール最高位2人の出演だけでも豪華なのですが、それぞれの演奏あり、コンクールの裏話あり、具体的な演奏方法のアドバイスありという大変見ごたえがあり、満足感の高い番組でした。次回のショパンコンクールで、もしかしたらスタジオに参加していた若いピアニスト達の演奏が聴けるかもしれませんね。

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